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ヴェネツィア (Venice)

エドワード・スタイケン (Edward STEICHEN)

エドワード・スタイケン《ヴェネツィア》作品解説

本作品は、モネ没後100年を記念する「クロード・モネ ―風景への問いかけ」展で紹介される、エドワード・スタイケンによる《ヴェネツィア》です。1913年にフォトグラビュールとして制作され、16.8 × 20.2cmのサイズで、写真が芸術として認識され始めた20世紀初頭における重要な作品の一つです。

作品の背景・経緯・意図

エドワード・スタイケン(1879-1973)は、ルクセンブルクに生まれ、幼少期にアメリカへ移住した写真家であり画家、そしてキュレーターです。彼の初期のキャリアは、19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパで隆盛したピクトリアリズム(絵画主義的写真)に深く根ざしています。スタイケンは、アルフレッド・スティーグリッツと共に1902年に「フォト・セセッション」を結成し、写真を単なる記録媒体ではなく、絵画に匹敵する芸術形式として確立することを目指しました。

本作品《ヴェネツィア》は、1907年に撮影されたネガから1913年にプリントされました。この時期のスタイケンの作品は、ソフトフォーカス、入念な印画プロセス、感情を喚起するような光の演出、様式化された主題が特徴であり、現実の忠実な再現よりも、雰囲気や気分を捉えることに主眼が置かれていました。ヴェネツィアという主題は、その水路や歴史的建造物が織りなす幻想的な風景が、光と影の繊細な表現に適しており、ピクトリアリズムの探求する「ムード」や「表現」に合致していたと考えられます。彼の意図は、写真の機械的な側面を超越し、芸術としての写真の可能性を広げることにありました。

技法と素材

この作品は「フォトグラビュール」という技法を用いて制作されています。フォトグラビュールは、写真の画像を銅版に転写し、エッチング(腐食)によって凹版を作り、そこからインクを転写して紙にプリントする写真印刷技法です。この技法は、豊かな階調表現と独特の質感を生み出し、絵画的な深みを持たせることが可能でした。ピクトリアリズムの作家たちが、写真に絵画のような芸術性を与えるために好んで用いた技法の一つです。

作品が持つ意味

《ヴェネツィア》は、スタイケンのピクトリアリズム期の代表的な作品として、写真が芸術としていかに感情や雰囲気を表現できるかを示すものです。彼は、光を「神秘的で常に変化する、豊かで謎に満ちた影を伴う真の魔術師」と捉えており、この作品でもヴェネツィアの「午後の遅い時間」の光(Late Afternoon--Veniceという別称も存在します)が作り出す移ろいやすい情景が捉えられています。機械的な記録性を超え、見る者の内面に語りかけるような抒情性と精神性を追求した、当時の芸術写真の理念を体現しています。

評価と影響

エドワード・スタイケンは、アルフレッド・スティーグリッツと共に、雑誌『カメラ・ワーク』の創刊に携わり、アメリカにおける近代写真の確立に多大な貢献をしました。彼の初期のピクトリアリズム作品は、その芸術性と技術的な完成度によって高く評価され、当時の写真サロンで注目を集めました。

スタイケンは、後に第一次世界大戦を経て「ストレート・フォトグラフィ」へと作風を転換し、ファッション写真家やニューヨーク近代美術館(MoMA)の写真部長としても活躍するなど、そのキャリアを通じて写真表現の多様な可能性を探求し続けました。その中でも、この《ヴェネツィア》を含むピクトリアリズム期の作品は、写真が芸術としての地位を確立する上で重要な役割を果たした、彼の記念碑的な足跡を示すものとして、今日でも高く評価されています。