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サン=ラザール駅 (Saint-Lazare Station)

クロード・モネ (Claude MONET)

「モネ没後100年 クロード・モネ ー風景への問いかけ」展に展示されるクロード・モネの作品「サン=ラザール駅」についてご紹介します。

この作品は、1877年に油彩・カンヴァスで制作され、サイズは75.0 × 105.0cmです。

制作の背景・経緯・意図 クロード・モネは1877年1月から4月にかけて、パリのサン=ラザール駅を主題とした12点にも及ぶ連作を手がけました。これらの連作のうち7点または8点が、同年開催された第3回印象派展に出品されています。当時のパリでは鉄道が著しく発達しており、サン=ラザール駅は1837年に開業したパリで最も古いターミナル駅であり、フランス北西部のノルマンディー地方へ向かう路線の発着点として、多くの人々に利用されていました。モネ自身も故郷ル・アーヴルへと続くこの駅に深い愛着を抱いていたとされます。

モネがこの連作を制作するに至った背景には、1870年から1871年に普仏戦争を避けてロンドンに滞在中に目にしたターナーの作品からの影響があったと考えられています。彼は、時間の経過や天候、そして視点の違いによって、駅構内の光がどのように変化するかを捉えようとしました。また、蒸気機関車が吐き出す煙や蒸気が織りなす幻想的な雰囲気、そして近代化の象徴としての駅そのものに、強い関心を抱いていました。モネは、この連作を制作するにあたり、駅長と交渉して構内で絵を描く許可を得ています。その際、駅長に対し、画家が政財界の有力者と関係が深いという当時の事実を利用し、あたかもサロンの重鎮であるかのような態度で接し、構内を蒸気で満たすため必要以上に石炭を燃やさせたり、列車を一時停止させたりしたという逸話も残されています。

技法や素材 「サン=ラザール駅」の連作は、印象派絵画に特徴的な、力強く生き生きとした筆使いで描かれています。モネは、ガラスの屋根を通して降り注ぐ光が、蒸気や煙によって屈折し、反射する様子を捉えるため、油彩絵具を用いて多彩な色彩で表現しました。特に、蒸気の雲の渦巻く効果を出すために、絵の具が乾かないうちに指でこすりつける技法を用いたことも知られています。作品に見られる屋根の黒い部分は、科学的分析により実際には濃紺や濃い紫色で描かれていることが判明しています。また、列車の煙突部分には、当時新しい化学合成顔料であったセルリアンブルーが使用されており、チューブ入りの絵の具として容易に持ち運びが可能であったことも、屋外制作を重視するモネにとって重要な要素でした。

作品が持つ意味 「サン=ラザール駅」の連作は、19世紀半ばの産業革命と都市化の進展を背景に、近代社会の象徴として評価されています。当時の蒸気機関車は最新鋭の乗り物であり、その煙が作り出す大気と光の情景は、新時代の風景として人々の注目を集めました。モネは、単に美しい風景を描くだけでなく、蒸気機関車から排出される煙や、遠景に描かれる工場の煙突から立ち上る煙がもたらす大気汚染という、現代社会への告発のメッセージを含んでいるという解釈も存在します。絵画における「靄や霞」を、単なる気象現象としてではなく、近代都市が抱える環境問題の表れとして捉える見方です。モネにとってこの駅は、故郷への旅立ちや、記憶、そして夢を結ぶ出発点でもありました。

評価や影響 「サン=ラザール駅」の連作は、1877年の第3回印象派展に出品され、鉄道や駅といった近代的なテーマを描いた作品として、その同時代性や近代性が高く評価されました。これらの作品は、後に「ルーアン大聖堂」や「睡蓮」といったモネの代表的な連作へと続く、同じ主題を異なる時間や光の条件下で複数回描くという、彼の制作手法の初期の重要な試みとなりました。この連作は、マネやカイユボットといった他の印象派の画家たちもサン=ラザール駅をモチーフに描くなど、当時の芸術家たちに近代都市の風景という新たな表現対象としての駅の魅力を提示しました。現代の鑑賞者にとってはノスタルジーを感じさせる蒸気機関車ですが、当時の人々にとっては技術革新の象徴であり、この絵から受ける印象は時代によって変化しています。