フレデリック・バジール (Frédéric BAZILLE)
「モネ没後100年 クロード・モネ ー風景への問いかけ」展に出品されている、フレデリック・バジールの作品「フォンテーヌブローの森」を紹介いたします。
作品名: フォンテーヌブローの森 アーティスト名: フレデリック・バジール (Frédéric BAZILLE) 制作年: 1865年 技法・素材: 油彩・カンヴァス サイズ: 60.0 × 73.2cm
フレデリック・バジール(1841-1870)は、印象派の誕生に深く関わったフランスの画家です。彼はフランス南部モンペリエの裕福な家庭に生まれ、当初は医学を志しますが、やがて絵画への道を歩みます。1862年頃にパリのシャルル・グレールの画塾に入門し、そこでクロード・モネ、ピエール=オーギュスト・ルノワール、アルフレッド・シスレーといった後の印象派の主要メンバーと出会い、親交を深めました。彼らは戸外制作を通じて新しい絵画表現を追求し、バティニョール派と呼ばれるグループを形成していきます。
「フォンテーヌブローの森」は、バジールが24歳であった1865年に制作された油彩画です。フォンテーヌブローの森は、19世紀半ばのフランスにおいて、バルビゾン派の画家たちに愛され、戸外制作の場として著名でした。バジール自身も、親友であるクロード・モネと共に1863年の復活祭の期間にフォンテーヌブローの森近くのシャイイ=アン=ビエールで写生を行い、モネから風景画に関する有益な助言を受けたと手紙に記しています。 この作品は、こうした初期印象派の画家たちが自然の光と色彩を直接キャンヴァスに捉えようとした試みの一端を示すものです。
この時期のバジールの作品は、南仏の強く輝く陽光と、その中に潜む繊細な陰影が織りなす色彩の特徴を独自の表現様式で捉えていると評価されています。 本作においても、自然光の下での森の情景が、油彩とカンヴァスによって生き生きと描かれています。彼の作品は、モネやルノワールが経験したような生活苦とは無縁であり、経済的な支援を通じて仲間たちを支えながら、印象派の形成において重要な役割を果たしました。
バジールは、サロン(官展)からの独立したグループ展の構想を仲間と温めていましたが、1870年に普仏戦争に志願し、28歳で戦死しました。 彼の死は、印象派の画家たちに大きな衝撃を与え、特にモネの悲しみは尋常ではなかったと伝えられています。 わずか7年余りの短い画家人生で残された油彩画は約70点と少ないものの、彼の作品は印象派誕生の貴重な記録として評価されています。 クロード・モネはかつてバジールに「あなたは非常に恵まれた才能を持つ、あらゆる条件を満たした画家であり、であるからこそ素晴らしいものを作らなければならない」と語ったとされ、もし長生きしていれば、モネやルノワールのように印象派の巨匠の一人となっていたであろうと多くの評論家が評しています。 「フォンテーヌブローの森」は、印象派がその黎明期に自然とどのように向き合い、風景表現を確立していったかを示す、重要な作品と言えるでしょう。