アルフレッド・シスレー (Alfred SISLEY)
本作品、アルフレッド・シスレーの《森へ行く女たち》は、1866年に油彩・カンヴァスで制作された、縦65.2cm、横92.2cmの風景画です。現在は、「モネ没後100年 クロード・モネ ー風景への問いかけ」展にて展示されています。
アルフレッド・シスレーは1839年にパリで裕福なイギリス人貿易商の両親のもとに生まれました。ロンドンで商業を学ぶために渡英したものの、そこでウィリアム・ターナーやジョン・コンスタブルといったイギリスの風景画家の作品に触れ、画家を志すようになります。1860年にパリに戻り、シャルル・グレールの画塾でクロード・モネ、ピエール=オーギュスト・ルノワールら、後に印象派の主要メンバーとなる画家たちと出会いました。彼らはアトリエでの制作よりも戸外での写生を好み、共にフォンテーヌブローの森などで制作を行いました。
本作品が制作された1866年頃は、印象派が確立する以前の時期にあたります。シスレーはこの年、風景画2点がサロンに入選しており、画家としてのキャリアを歩み始めていました。 この頃のシスレーの作品は、カミーユ・コローに代表されるバルビゾン派やギュスターヴ・クールベの影響が見られ、特にコローからは深い尊敬を抱いていました。 《森へ行く女たち》は、フォンテーヌブローの森の南東に位置するブロン=マルロット村の周辺で、冬の準備のために薪拾いへ向かう女性たちを描いたものと考えられています。 これは、当時の農村の人々の日常的な営みを捉えようとするシスレーの視点を示しています。
この作品は油彩・カンヴァスで描かれています。初期のシスレーの作品に共通する特徴として、色調はコローの作品を思わせる抑制された色彩が用いられています。 また、筆遣いにはクールベの影響が見られると指摘されています。
特に注目すべきは、光と影の表現です。印象派の画家たちは後に、戸外制作を通じて影が単なる黒や灰色ではなく、様々な色彩を帯びていることに気づき、その発見を作品に反映させました。しかし、《森へ行く女たち》では、影の部分が黒や濃い茶色で描かれており、シスレーが印象派特有の色彩による影の表現を本格的に導入する以前の様式であることが見て取れます。 この点は、印象派の形成期におけるシスレーの画風の過渡期を示す重要な要素です。
《森へ行く女たち》は、シスレーが生涯にわたって描き続けることになる穏やかな風景画の初期の段階を示しています。 この作品に描かれた、森へと向かう女性たちの姿は、広大な自然の中で営まれる人間の静かで素朴な生活を象徴しているとも解釈できます。シスレーの作品全体に見られる自然の静けさと平和を追求する姿勢は、この初期作品にも通底しています。
この作品は、印象派という新たな芸術運動が本格的に始まる前のシスレーのスタイルを理解する上で重要な位置を占めます。後年、シスレーはモネやルノワールらとともに印象派の創立メンバーの一人として活躍し、生涯を通じて印象派の光と色彩の表現を一貫して守り続けた画家として評価されます。 生前は他の印象派の画家ほど商業的な成功には恵まれませんでしたが、彼の死後にその作品は再評価され、今日では印象派を代表する画家のひとりとして位置づけられています。
この作品は、シスレーが印象派としての独自のスタイルを確立する前の、バルビゾン派などの影響を受けた風景描写と人間像への探求を示す貴重な一点であり、印象派誕生の背景にある多様な芸術的潮流を考察する上で重要な意味を持っています。