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無題(ミッキー・ベイカーの試練...)

スティパ・ビスワス

スティパ・ビスワス《無題(ミッキー・ベイカーの試練...)》作品解説

本稿では、テート美術館が所蔵するスティパ・ビスワスによる映像作品《無題(ミッキー・ベイカーの試練...)》について、その背景、技法、意味、そして影響を解説します。この作品は、テート美術館の巡回展「YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」で紹介されています。

作品概要と制作背景

スティパ・ビスワスは、1962年にインドのシャンティニケタンに生まれ、後にイギリスに移住したイギリス系インド人のコンセプチュアル・アーティストです。彼女は絵画、ドローイング、映像、パフォーマンス、時間ベースのメディアなど多岐にわたる表現方法で活動しています。 ビスワスの作品は、ジェンダー、階級、文化、民族的アイデンティティといった問いを扱い、より大きな歴史的物語と個人的な物語がどのように衝突するかに関心を持っています。また、彼女は自身の制作を通して美術史の脱植民地化を重要なテーマとしています。

本作品《無題(ミッキー・ベイカーの試練...)》は1997年に制作されたカラーのヴィデオ作品で、上映時間は10分です。 本作の別名、あるいは関連する作品名として《ミッキー・ベイカーの試練と苦難》も知られており、ビスワス自身もこの名称に言及しています。 この作品は、当初「クリシュナ、神聖なる恋人」と題された展覧会で初めて公開されました。 ビスワスは、ヒンドゥー教の神クリシュナが、若く、ハンサムで、精力的な存在として一般的に描かれることに対し、彼の「困難」について考察することを意図しました。もしクリシュナが年老いて、恰幅の良い姿であったなら、私たちはクリシュナについてどのように考えるだろうか、という問いかけが作品の出発点となっています。

技法と素材

作品はカラーのヴィデオ(10分)として制作されています。 映像には、白い肌を持つイギリス人俳優ミッキー・ベイカーが裸で窓辺に立つ姿が映し出されています。

ビスワスは、絵画とセルロイドの間に本質的な区別はないと考えており、両者の表面的な質感や物質性に惹かれていると述べています。特にセルロイドにおける色彩の豊かさは「非常に絵画的」であり、「フィルムのちらつきにはオーラと存在感がある」と表現しています。 彼女の作品は、過去と現在の間の「最初の出会いの魔法のような瞬間」への情熱的な関与を特徴とし、観る者に内省を促すことを意図しています。

作品が持つ意味

《無題(ミッキー・ベイカーの試練...)》は、ヒンドゥー教の神クリシュナの従来の表現に挑戦し、再解釈を試みるものです。ビスワスは、伝統的に褐色の肌や青い肌で描かれるクリシュナを、年老いて恰幅の良い裸の白人男性(ミッキー・ベイカー)として描くことで、神性、男らしさ、美しさといった確立された概念を問い直します。

この作品における白人俳優の起用は、文化的な表象、アイデンティティ、そしてアートにおける脱植民地化に関する問いを投げかけています。 ビスワスの創作活動全体において、彼女自身の文化的歴史の要素を辿り、それを再構築することで、植民地時代の過去にまつわる考え方を明らかにし、それに異議を唱えることがしばしば行われます。 本作もまた、宗教的な人物像を現代的かつ異文化的な視点から再文脈化することで、これらの広範なテーマと結びついています。 また、クリシュナが完全に物質的な存在ではないという観点から、ビスワスは作品を通して内面的な、あるいは形而上学的な空間を示唆しているという解釈もあります。

評価と影響

スティパ・ビスワスは、1985年のICA(ロンドン現代美術研究所)での画期的な展覧会「The Thin Black Line」に出展して以来、その実践を通じて美術史の脱植民地化において重要な役割を果たしてきました。 彼女の作品は、1990年代に伝統的な規範に挑戦し、実験的な実践を受け入れた、いわゆるヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBA)を含む幅広いアーティストの運動の一部と見なされています。

《無題(ミッキー・ベイカーの試練...)》は、「挑戦的であると同時に驚くほど心地よい」と評されており、特にクリシュナを表現するために白人身体を選んだビスワスの選択が、作品の美的および概念的な意味合いに関して批評的な議論を喚起しています。