レイチェル・ホワイトリード
テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート展にて展示されているレイチェル・ホワイトリードの作品「無題(24のスイッチ)」をご紹介します。
レイチェル・ホワイトリードは1963年ロンドン生まれのイギリスを代表する現代美術家であり、日常的なオブジェや建築空間の「ネガティブ・スペース(負の空間)」を鋳造(キャスティング)する独自の手法で国際的に評価されています。彼女の作品は、目に見えないものを可視化するという一貫したテーマを持っています。特に1990年代の英国アートシーン、いわゆるヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBA)の文脈において、ホワイトリードは身近な風景や現実と向き合い、既存の芸術表現を解体するアプローチを示しました。
「無題(24のスイッチ)」は1998年に制作された作品で、電気のスイッチボックスを型取ったものです。ホワイトリードは、マットレス、湯たんぽ、階段、家屋といった日常の身近なものから、その「間(あいだ)」や「内側」の空間を型取ります。彼女は、こうした物体と人間の身体との間に存在する親密な関係性や、その中に秘められた物語、あるいは物体が持つ歴史に強い関心を持っています。 日常的に使用されるスイッチボックスを作品の題材とすることで、普段意識することのない日常の構造や、そこに残された人間の痕跡に光を当て、時間の経過によって刻まれた物理的な痕跡を探求することを意図しています。 彼女の作品は「心を持ったミニマリズム」と評されることもあり、感情や記憶、さらには不気味さをも喚起するとされています。
本作品は1998年にアルミニウムで制作されました。サイズは26.3 × 20.3 × 6センチメートルです。
レイチェル・ホワイトリードの主な制作技法は、液状の素材を型に流し込んで固める「鋳造(キャスティング)」です。 彼女はコンクリート、樹脂、石膏、ゴム、金属など多様な素材を用いますが、本作品ではアルミニウムが選ばれています。
「無題(24のスイッチ)」の制作プロセスには、陽型と陰型の両方を用いた複数の段階が含まれています。まず、元のスイッチボックスの表面を型取って陰型を作成し、24個のスイッチと8個のネジ頭の陰影を写し取ります。次に、ボックスの本体を再現した陽型を作成しました。その後、この陰型と陽型を組み合わせて鋳型を作り、アルミニウムを流し込んで最終的な彫刻が完成しました。
ホワイトリードの作品は、空虚な空間に実体を与え、通常は目に見えない空間を物理的に存在するものとして提示します。 「無題(24のスイッチ)」では、電気のスイッチボックスという極めて機能的で日常的なオブジェクトの負の空間を可視化することで、鑑賞者にその物体が置かれていた場所、そしてそれを使用していた人々の存在を想像させます。これは、回顧と喪失の感覚を呼び起こし、彫刻媒体に内在する純粋な形式的・建築的特性を統合するものです。
24個のスイッチは、システムの多重性や接続性、あるいは制御の可能性を示唆していますが、それらはアルミニウムという堅固な素材によって永続的に固定され、使用されなくなった状態を「化石化」させています。 このようにして、家庭内の身近なものが公共の彫刻へと昇華され、人間が使用しなくなった状態の日常品を留め、かつてそこに存在した人間の姿を象徴的に表現しています。 鑑賞者は、この作品を通じて、空間や身近な物体に対する自身の認識を問い直すことになります。
レイチェル・ホワイトリードは1993年に「House」で女性として初めてターナー賞を受賞し、その名を広く知られるようになりました。 彼女の彫刻へのユニークなアプローチは、日常の認識に挑戦し、イギリスを代表する現代美術家の一人としての地位を確立しました。
ホワイトリードの作品は、孤立感、家庭生活、疎外感、個人的および公的な歴史といったテーマを探求し、負の空間を用いることでこれらの感情を喚起します。 また、ミニマル・アートからの影響も認められるものの、彼女はそこに人間の痕跡や気配を加えることで、単なる形態の反復に留まらず、かつてその空間や物体と関わった人々の身体的・習慣的な差異へと鑑賞者の連想を誘います。
「無題(24のスイッチ)」のような作品は、その時代における彼女の芸術実践の継続と発展を示すものであり、ごくありふれたものを深く示唆に富む芸術作品へと昇華させる彼女の能力を裏付けています。彼女の作品は、私たちの身の回りにある「取るに足らない」と思われがちなものを、美しく、そして深く考えさせる対象へと変容させることで高い評価を受けています。