リチャード・ビリンガム
テート美術館の展覧会「YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」で紹介されるリチャード・ビリンガムの作品《無題》は、1994年に制作された写真作品で、写真/紙、アルミ板に貼付という技法で、80 × 120 cmのサイズで展示されています。
リチャード・ビリンガム(1970年バーミンガム生まれ)は、1990年にアートの基礎課程を開始し、その後サンダーランド大学で絵画を専攻しました。彼は当初、絵画の習作として写真を撮り始め、特に人物のジェスチャーを捉えるために利用していました。
作品の中心にあるのは、イングランド中西部のクレードリー・ヒースにある公営団地の自宅で暮らす彼の家族、慢性的なアルコール依存症の父レイと、肥満体で全身にタトゥーを施した母リズの混沌とした日常です。写真のほとんどは、彼が家族と暮らしていた1990年から1996年の間に撮影されました。ビリンガムは、貧困にあえぐ家族の生活を率直に捉え、その写真を大学の講師に見せたところ、作品として展示するよう勧められたことが、写真家としてのキャリアの始まりとなりました。
彼は、自身の作品に「社会の記録」や「貧困の影響を示す」といった明確なドキュメンタリー的な意図はなかったと述べています。むしろ、彼が育った「家庭環境が実際にどのようなものだったか」をそのまま見せることを目的としていました。個々の写真にはタイトルが付けられておらず、「無題」とされているのは、作品が単独のイメージとしてではなく、一連のシリーズとして見られることを意図しているためと考えられています。
この作品はカラー写真であり、ビリンガムは当時最も安価なインスタマチックカメラと期限切れの35mmフィルムを使用して撮影しました。これにより、計画的でないスナップショットのような、即興的で飾らないスタイルが生まれました。写真には、時には構図が乱れていたり、焦点が合っていなかったり、色が過飽和であったり、粗い粒子感があったりといった特徴が見られます。家族はポーズを取ることを求められず、ビリンガムは彼らの日常の中に溶け込み、あたかも彼がそこにいないかのように撮影することで、見る者にのぞき見のような感覚を与えます。照明は基本的に自然光や室内の光を用いた素朴なもので、明暗のコントラストはあまりありません。
展示されている《無題》は「写真/紙、アルミ板に貼付」という素材で、80 × 120 cmの大きさです。これは、彼の「レイズ・ア・ラフ」シリーズの多くの作品が、大型のカラープリントをアルミ板にマウントして展示される一般的な形式と一致します。
ビリンガムの作品は、アルコール依存症、貧困、家庭内の混乱、親密さといったテーマを探求し、家族関係の複雑さを露わにしています。彼の写真は、絶望的な状況の中にも、時には痛ましくも愛情深い瞬間があるという、生の、フィルターのかかっていない生活の姿を描き出しています。
批評家たちは、彼の作品が持つ矛盾と、対象に対する見下しがない点を評価し、「赤裸々な」労働者階級の生活を描写していると評しました。一部からは新自由主義経済の弊害を記録したものと解釈されましたが、ビリンガム自身は「家庭環境をありのままに」見せることを重視し、社会問題というよりも家族という個人的な文脈の中で捉えることを意図していました。作品が「無題」であることで、鑑賞者自身の反応や解釈を促しています。
リチャード・ビリンガムの「レイズ・ア・ラフ」シリーズは、彼を一躍アート界の注目人物としました。このシリーズは彼の代表作として広く知られています。
彼はヤング・ブリティッシュ・アーティスツ(YBA)の一員と見なされており、彼の「スワリッド・リアリズム(Squalid Realism)」、つまり「むき出しの現実主義」と呼ばれるスタイルは、90年代のイギリス美術界に新たな刺激を与えました。特に、1997年にチャールズ・サッチが収集したYBAの作品を展示した「センセーション」展に彼の写真が選ばれたことで、その知名度は決定的なものとなりました。
ビリンガムは1997年にシティバンク・プライベート・バンク・フォトグラフィー賞(現在のドイツ銀行写真財団賞)を受賞し、2001年にはターナー賞の最終候補に選ばれるなど、高い評価を受けました。批評家からは、その親密さ、誠実さ、そして挑戦的な内容が高く評価されました。「スワリッド・リアリズム」という言葉を生み出し、20世紀末の最も感動的な作品群の一つと評されました。彼の作品は、家族を「裏切ったのか、それとも人間性を引き出したのか」という倫理的な議論を巻き起こし、一部の批評には性差別や階級差別が含まれていると批判されました。しかし、彼の作品の根底にある誠実さによって、父レイと母リズは「問題を抱えながらも、深く人間的で感動的な個性」として輝いています。
彼の作品は、テート美術館、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、メトロポリタン美術館など、世界の主要な美術館に収蔵されています。また、多くの芸術家たちに影響を与え、2018年には自身の幼少期の記憶に基づいた長編映画『Ray & Liz』を発表しました。