レイチェル・ホワイトリード
レイチェル・ホワイトリードの作品「A:クラプトン・パーク・エステート...」は、1998年に制作されたスクリーンプリントで、紙にデュオトーンで表現されています。これは、テート美術館で開催された「YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」展に出品された作品です。
イギリスを代表する現代美術家レイチェル・ホワイトリード(1963年生まれ)は、「空白の空間」を型取る独自の手法で国際的な評価を確立しました。彼女は、物体や建築物の内部、あるいは周囲に存在する見えない空間に石膏、コンクリート、樹脂などを流し込み、その「ネガティブ・スペース」を視覚化することで、日常的な空間を記憶のモニュメントへと変容させます。1993年には、廃屋となったロンドンのテラスハウスの内部をコンクリートで型取った記念碑的な作品《House》で、女性初のターナー賞を受賞し、一躍その名を広く知られることとなりました。
ホワイトリードの作品は、記憶、家庭、孤立、疎外感、個人的および公共の歴史といったテーマを探求しています。特に、都市の近代化やジェントリフィケーションによって置き去りにされた人々の生活、そして破壊される建物が抱える社会問題への関心を示しています。彼女は、忘れ去られがちな人々の存在や、彼らが暮らした空間の記憶を、作品を通じて再構築しようと試みています。
「A:クラプトン・パーク・エステート...」は、1996年に制作された12点のスクリーンプリントからなるシリーズ「Demolished(解体)」の一部です。このシリーズは、1993年から1995年にかけて、ロンドン東部のハックニー地区にあった低所得者向け高層住宅、特にクラプトン・パーク・エステート、トロウブリッジ・エステート、アンバーゲート・コート、ノーバリー・コートの解体現場を記録したものです。
ホワイトリードは、これらのプリントを通じて、「完全に忘れ去られようとしているもの…私たちの文化の残骸」を捉えようとしたと語っています。彼女は、解体が進むロンドンの風景を「楽観的にも悲観的にも見ることができる」と述べ、その両義性を作品に込めることを意図しました。このシリーズは、彼女の代表作である《House》を巡る論争への反応であると同時に、ロンドンにおける恵まれない地域の不動産解体への関心をさらに深めたものと位置付けられています。
本作品「A:クラプトン・パーク・エステート...」は、49 × 74.3 cmの紙にデュオトーン・スクリーンプリントという技法を用いて制作されました。スクリーンプリントは版画技法の一種であり、このシリーズにおいては、解体現場の黒と白の写真的な記録を基に、そのイメージを定着させています。彼女の彫刻作品が物理的な空間の「型」を取ることで、不在を物質化するのに対し、このプリント作品は、写真的な記録と版画という複製技術を通じて、失われゆく都市の風景とその記憶を「形」として残そうとするものです。
この作品は、都市景観が(半)牧歌的な姿に戻っていく過程を証言していますが、それは同時に、破壊された住宅の以前の住民たちの犠牲の上に成り立っていることを示唆しています。都市開発や再活性化、ジェントリフィケーションが引き起こす貧しい人々の立ち退きといった社会的な影響に光を当てています。ホワイトリードの作品は、かつてそこで生活していた人々の痕跡を留めながらも、彼らの決定的な消失を告げており、都市の近代化によって「敗北したものたち」への記念碑として機能します。
レイチェル・ホワイトリードは、ヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBA)の一員として、1990年代の英国アートシーンにおいて革新的かつ予想外の作品を発表し続けてきました。彼女の作品は、美術批評家ルーシー・リパードが提唱した「美術の非物質化」という概念にも通じる、物質的な表現に代わる、観念や行為としての美術を追求するものです。
「A:クラプトン・パーク・エステート...」が展示された「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」展では、ダミアン・ハースト、トレイシー・エミンといった同時代のアーティストの作品とともに、社会や都市文化、サブカルチャー、身体やジェンダーといった多角的な視点から1990年代という時代の本質が描き出されました。特に、本作品が展示された第2章「おおぐま座:都市のイメージをつなぐ」では、未完成の建築物やジェントリフィケーションによる住居喪失者の増加が、当時の若いアーティストにとって身近な光景であり、創作の着想源となっていたことが語られています。
ホワイトリードのこのシリーズは、今日でもオークションで人気が高く、彼女の最も高価なプリント作品の多くを占めています。彼女は、目に見えないものに実体を与え、日常の空間に秘められた詩情を明らかにする彫刻家として、現代美術において最も一貫性があり、不可欠な存在の一人として評価されています。彼女の作品は、私たちが住む空間の移ろいやすさや、そこに宿る人間の痕跡について深く思考することを促すものとして、その影響は現代社会に広く及び続けています。