サイモン・パタソン
本稿では、「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」展に展示されるサイモン・パタソンによる作品《おおくま座》について、その背景、技法、意味、そして評価と影響を詳細に紹介します。
サイモン・パタソンの《おおくま座》は、1990年代初頭の英国アートシーンを牽引した「ヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBA)」の代表的な作品の一つです。この時代のロンドンでは、未完成の建築物やジェントリフィケーション(都市の富裕化現象)による人々の居場所の喪失が目立ち、こうした都市の変容が若いアーティストたちの創作の着想源となりました。パタソンを含むYBAの作家たちは、大衆文化、個人的な物語、社会構造の変化などをテーマに、絵画、彫刻、写真、映像、インスタレーションなど多様な手法を用いて独創的な作品を発表しました。
パタソンは、日常に存在する確立された情報システムや知識の枠組みを転用し、その意味を再構築することで、鑑賞者の認識に問いかけることを意図しています。彼は自身の作品について、「解読すべきコードはない。意味が明らかでなかったり、冗談が理解されなかったりすることはあるかもしれないが、神秘的であることには興味がない」と語っています。また、「人々が当然のことと受け止めているものを破壊するのが好きだ。私は単に人々の足元から敷物を引っ張っているわけではない。虚無主義者ではない。私が興味があるのは、異なる知識の道を並列させることで、部分の総和以上のものを形成することだ」と述べています。
この作品は、1992年に制作されたリトグラフ(石版画)です。紙にオフセットリトグラフ技法で刷られており、サイズは102.7 × 128 cmです。実際のロンドン地下鉄の駅に設置されている路線図と同様に、アルマイト加工されたアルミニウム製のフレームに額装されています。 本作品は50部限定で制作され、他に15点の作家保存版が存在します。 作品の著作権は、長期間にわたる交渉の末、アーティストとロンドン交通局で共有されています。
《おおくま座》は、ハリー・ベックが1931年にデザインし、1991年版として広く親しまれているロンドン地下鉄の路線図を精密に再現しています。しかし、その駅名がすべて、著名な文化人の名前に置き換えられている点が最大の特徴です。
各路線は特定のカテゴリーの「有名人」を示しており、例えば、哲学者、サッカー選手、エンジニア、コメディアン、映画俳優、聖人、イタリアの芸術家、中国学者、そしてフランス国王(ルイ王朝の歴代国王)などが含まれています。
パタソンは、この作品を通して、誰もがよく知るロンドン地下鉄の路線図と、同じく馴染みのある「おおぐま座」という二つの情報システムを並置することで、それぞれのシステムの権威と機能に挑戦しています。 地下鉄の駅が「名声という銀河における『星』」となることで、一見無作為に見えるこれらの人物たちの間に新たな関係性を暗示しています。 彼は地下鉄の路線図を「都市の風景の抽象化」と捉え、「地下鉄の駅は、線が点を結びつける星座の中の星と見なすことができる」と語っています。 この作品は、既存の地図がそれ自体で現実となり、それが表す実世界から完全に抽象化されていることを示唆しています。
《おおくま座》は、サイモン・パタソンの最も有名な作品の一つとして広く認知されています。1996年にはテート・ギャラリーで展示され、ターナー賞の候補作品にも選出されました。 また、1997年にはロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで開催されたYBAの主要な展覧会「センセーション」にも出品されています。
ソーシャル・ヒストリアンのジョー・モランは、この作品が「地下鉄路線図が、それが表象する作業から完全に抽象化され、それ自身の現実となった」ことを示唆していると評しています。 また、美術評論家からは、「アートは一体どこにあるのか?コンセプトなのか、実行なのか?言葉についてなのか、場所についてなのか?」といった問いが投げかけられ、作品の多層的な解釈を促しました。 ロンドン交通博物館は、この作品について「地図と星座という、複雑な情報を整理するための二つの国際的に知られ、利用しやすいシステムを適用し、一方の名称を採用することで、パタソンの『星々』の新たな配置は、両システムの権威と機能に挑戦している」と説明しています。 この作品は、既存の情報や記号を再解釈するアートの可能性を示し、その後のコンセプチュアル・アートに大きな影響を与え続けています。