ブラック・オーディオ・フィルム・コレクティヴ
ブラック・オーディオ・フィルム・コレクティヴの作品《ハンズワースの歌》は、1986年に制作された61分の16ミリフィルム作品です。この作品は「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」展にて展示されています。
ブラック・オーディオ・フィルム・コレクティヴは、1982年にポーツマスで学生によって結成され、1983年から1998年まで東ロンドンのダルストンを拠点に活動したグループです。彼らは、教育、機関、そしてインディペンデント映画における黒人のアイデンティティの表現を変革することを目的とし、サッチャー政権下のアイデンティティの支配に疑問を投げかけました。特に、ディアスポラ(離散した移民)の経験を探求する活動を展開しました。彼らの作品は、イギリスにおける黒人のポピュラー文化と政治文化に深く関わりながら、意図的に実験的なアプローチを取りました。
《ハンズワースの歌》は、1985年にバーミンガムのハンズワース地区、ロンドンのブリクストンやトッテナムなどで発生した人種暴動と労働者の抗議活動に応答して制作されました。これらの暴動は、警察の残虐行為、腐敗、そして人種差別的な政策を背景としていました。 メインストリームメディアが暴動を「無意味な」ものとして報道する中、本作品は植民地時代の過去から続く矛盾の根源を掘り下げ、当時の経済的・産業的危機と結びつけることで、既存の語り口とは異なる視点を提供することを目指しました。その目的は「真実」を伝えることではなく、出来事に対する個人的な考察と反応を促すことにありました。
本作品は16ミリフィルムで撮影され、カラー、サウンド(モノラル)で構成されており、61分の上映時間を持ちます。 その表現形式は「映像エッセイ」と称される実験的なドキュメンタリーであり、多層的な物語、視覚的実験、音のモザイクが特徴です。
アーカイブ映像(ニュース映画、戦後の移民に関する歴史的な映像、黒人の生活を記録した静止画)と、暴動とその後の状況を捉えたオリジナルの映像、そしてハンズワース地域の黒人コミュニティへのインタビューが巧みに組み合わされています。 また、集合的な執筆としてのテキストの使用も作品の重要な要素となっています。 サウンドトラックには、コレクティヴのメンバーであるトレヴァー・マシソンによる電子音楽の作曲、レゲエのサンプル、愛国的なトランペットの音、フリージャズ、ブラックエレクトロニックミュージックなどが取り入れられ、そのサウンドデザインは非常に際立っており、時にはセリフの役割を果たすこともあります。
この作品は、従来の革新的なドキュメンタリーの伝統や、教訓的な「トーキング・ヘッズ(語り手の顔のアップ)」といった手法を排し、代わりに詩的な連想のモンタージュという新しいドキュメンタリーの概念を提示しました。 ラテンアメリカ、アフリカ、アジアで生まれた「第三世界の映画(Third Cinema)」のアプローチを、ヨーロッパという中心的な場所から再構築した作品とも評価されています。
《ハンズワースの歌》は、人種、アイデンティティ、ディアスポラ、ポストコロニアリズム、記憶、歴史、表象、国家による抑圧、警察の暴力、失業、そして帰属意識といった多岐にわたるテーマを探求しています。 植民地主義や西インド諸島からの移民の到着といった過去の出来事を、サッチャー政権下の暴動という現在の状況と結びつけ、その間に存在する不連続性を浮き彫りにします。
この作品は、公式な歴史と周縁化されたコミュニティの現実との間の断絶を強調することで、主流の言説やメディアの物語に異議を唱えます。 移動、奪われた所有、断片化された記憶が視覚的・音響的なパリンプセスト(再利用された書写材)を形成し、より複雑で遊牧的、国際的なアイデンティティを探求しています。 作品中の繰り返し使われるナレーション「暴動には物語がない。そこにあるのは、他の物語の幽霊だけだ」という言葉は、作品の持つ根源的なメッセージを象徴しています。
《ハンズワースの歌》は、国際的に高く評価され、BFIジョン・グリアソン賞(最優秀ドキュメンタリー賞)を含む7つの国際的な賞を受賞しました。 その画期的な内容と実験的なスタイルは、ドキュメンタリー映画制作に大きな影響を与え、従来のリアリズムが既存の権力構造を補強しがちな中で、「伝統的なリアリズムに新たな活力を与えた」と評価されています。
この作品は、独立系映画における黒人のアイデンティティの教育、制度、表現を変革する上で重要な役割を果たしました。 また、メディアにおける表象のイデオロギー的側面を分析する社会理論家スチュアート・ホールの影響を強く受けて制作されました。
今日においても、《ハンズワースの歌》は、警察の暴力、国家による抑圧、扇情的な報道といった問題に関して、その関連性を失っていません。 事実とフィクションを融合させ、特定のスタイルの枠に収まらないその制作手法は、後続のアーティストたちに多大な影響を与えました。 現在開催中の「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」展においても、その芸術的および歴史的重要性を示す「スポットライト」作品として展示されており、その価値は今もなお高く評価されています。