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半兄弟の競走馬

マーク・ウォリンジャー

国立新美術館で開催されている「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」展において、マーク・ウォリンジャーの油彩作品《半兄弟の競走馬》が展示されています。この作品は、1994年から1995年にかけて油彩とカンヴァスを用いて制作され、各パネルのサイズは230 × 190 × 3.5センチメートルです。

この作品は、1990年代の英国アートシーンを象徴する作品の一つとして位置づけられています。1990年代のイギリスは、サッチャー政権の終焉とともに新しい時代を迎え、高い失業率や社会の分断といった課題を抱えながらも、「クール・ブリタニア」と呼ばれる文化的な動きが活発化した時期でした。音楽やファッションなど様々な分野で伝統的な形式を打破しようとする動きが強まり、アートの世界では「ヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBA)」と呼ばれる若手作家たちが、既存の美術の枠組みを問い直す実験的な試みに挑みました。マーク・ウォリンジャーも、このYBA世代を代表する作家の一人として知られています。

《半兄弟の競走馬》は、「イグジットトゥノーウェア」と「マキャベリアン」という二頭の競走馬の姿を結合して描かれています。作品のタイトルにある「半兄弟(Half Brother)」とは、競馬用語で「同じ母親から生まれたが父親が異なる競走馬」を指します。競走馬の繁殖牝馬は通常、一シーズンに一頭しか仔を産まないため、過去に優れた競走馬を産んだ実績を持つ牝馬の産駒は特に貴重であるとされます。

ウォリンジャーは、この血統上のつながりを持つ二頭の馬を一つの画面に描くことで、競走馬の世界における血統主義や優生学的な評価、さらにはそれが示唆する家柄や階級といった社会的な概念に対し、皮肉を込めた問いかけを行っています。ウォリンジャーは伝統的なイギリスの階級制度や宗教観に対して、ユーモアとシニカルな視点から向き合う作風で知られており、鑑賞者には多様な解釈が求められることも特徴です。

本作品は油彩によって写実的に描かれながらも、異なる馬の半身を結合させることで生じる視覚的な違和感が、作品の持つ批判的な意味合いを強調しています。このように、社会構造や価値観に対する鋭い洞察を具現化した《半兄弟の競走馬》は、1990年代英国アートの革新的な精神と、マーク・ウォリンジャーの芸術的アプローチを明確に示す作品として評価されています。