オーディオガイド トップに戻る
0:00
0:00

礫川雪ノ且

葛飾北斎

葛飾北斎「冨嶽三十六景 礫川雪ノ旦」が織りなす白銀の世界

本稿では、江戸時代後期の浮世絵師、葛飾北斎(かつしかほくさい)が手掛けた名作シリーズ「冨嶽三十六景」より、版画「礫川雪ノ旦(こいしかわゆきのあした)」を紹介します。本作品は「冨嶽三十六景」全46図の中で唯一の雪景色であり、その希少性と表現の妙において特筆すべき一点です。


制作背景と意図

「冨嶽三十六景」シリーズは、天保2年(1831年)頃から天保5年(1834年)頃にかけて、北斎が70歳代という円熟期に制作・刊行されました。 版元である西村屋与八(永寿堂)の企画により、当時盛んだった富士山への信仰(富士講)や庶民の旅行への関心の高まりを背景に、江戸をはじめとする各地から望む富士山の姿が描かれました。 当初は三十六景として計画されましたが、その絶大な人気により、後に「裏富士」と呼ばれる10図が追加され、計46図で構成される大作となりました。 このシリーズは、それまで主流であった美人画や役者絵とは異なる風景画というジャンルを浮世絵において確立するに至ります。

「礫川雪ノ旦」は、タイトルにある「礫川(こいしかわ)」が現在の東京都文京区小石川周辺を指し、小石川台地の高台にあった茶屋からの眺望を描いたものです。 作品名の「雪ノ且」は「雪ノ旦」、すなわち雪の降った翌朝という意味の誤記であるとされています。 北斎は、富士山を様々な場所、季節、そして人々の営みと共に描写することを意図しており、本作品では冬の静謐な情景の中に生き生きとした人々の様子が描かれています。


技法と素材

本作品は、江戸時代に発展した浮世絵の伝統的な木版画技法、特に多色摺り(錦絵)によって制作されました。 浮世絵版画の制作は、絵師、彫師(ほりし)、摺師(すりし)という専門職人たちの高度な分業体制によって支えられています。

使用された主な素材は以下の通りです。

  • 版木: 堅く粘り気のある山桜材が用いられます。 繊細な線や形を彫り出すために、彫師は絵師の描いた線に沿って慎重に彫り進めました。
  • 和紙: 最高級の越前生漉奉書紙(えちぜんきずきほうしょし)が使用されています。 この紙の持つ独特の肌理(きめ)が、雪の質感を表現する上で重要な役割を果たしています。
  • 絵具: 水性の顔料が用いられ、特に「冨嶽三十六景」シリーズでは、当時輸入されたばかりの化学合成顔料であるベロ藍(プルシアンブルー)が多用され、鮮やかな藍色の表現を可能にしました。

摺師は、色ごとに彫られた複数の版木を用いて、湿らせた和紙に顔料を刷毛で塗り、馬楝(ばれん)と呼ばれる道具で紙の背面から力を加えてこすることで色を重ねていきます。 この際、摺師の繊細な色彩感覚と馬楝の力加減によって、濃淡のぼかしなど、「現実よりも鮮烈な臨場感」を生み出す表現が可能となりました。 「礫川雪ノ旦」では、画面の広い範囲を占める雪を、和紙の地色である白を効果的に用いることで表現し、鮮やかな藍色の空との対比が印象的な清々しい空気感を醸し出しています。


作品の持つ意味と解釈

「礫川雪ノ旦」は、雪の降った翌朝、晴れ渡った清澄な空の下、小石川の高台にある茶屋で人々が雪見を楽しんでいる様子を描いています。 開け放たれた座敷では、男女数人が集い、一面銀世界と化した江戸の街並みと、その先に小さくも雄大な姿を見せる雪を抱いた富士山を眺めながら宴を楽しんでいます。

画面上部には三羽の鳥が舞い、その鳥を指差す女性の姿が描かれており、これによって広がる空の高さと奥行きが強調されています。 茶屋からの眺めは、庶民が日常の場所から富士山という神聖な山を見下ろすという、当時としては珍しい構図であり、人々と自然の雄大さを結びつける北斎の視点がうかがえます。 澄み切った空気の中で白銀に染まった富士山と、それに続く江戸の町、そしてその中で雪見を楽しむ人々の姿は、当時の人々の暮らしと、その中に息づく自然への畏敬の念、そして季節の移ろいを慈しむ心情を象徴していると言えるでしょう。


評価と影響

「冨嶽三十六景」は、北斎が生涯を通じて培ってきた和漢洋の絵画技法を昇華させた、感性と技術の集大成と位置づけられています。 革新的な構図、鮮やかな色彩、そして自然の雄大さと人々の生活を巧みに融合させた描写は、国内外で高く評価されました。

特に「礫川雪ノ旦」は、シリーズ中で唯一の雪景色であることから、その稀少性と、和紙の白さと藍色のコントラストによる雪の表現の巧みさが美術史的に重要な作品として評価されています。

「冨嶽三十六景」の成功は、その後の浮世絵界における風景画の隆盛を促し、歌川広重の「東海道五十三次」といった名所絵シリーズにも影響を与えました。 また、19世紀後半のヨーロッパにおいては、北斎の画風はジャポニスムとして大きな影響を与え、モネやドガといった印象派の画家たちにも影響を及ぼしたことが知られています。 北斎の作品は現在も世界中で愛されており、「冨嶽三十六景」の一部は日本のパスポートのデザインや新千円札の図案にも採用されるなど、その影響力は現代にまで続いています。