耳鳥斎
この度ご紹介するのは、江戸時代後期に大坂で活躍した絵師、耳鳥斎(にちょうさい)による「竹虎図」です。個人蔵のこの作品は、耳鳥斎ならではの独特な筆致とユーモアの精神が息づく一枚と考えられます。
制作背景・経緯・意図 耳鳥斎(生年不詳-享和2/3年頃没)は、もとは京町堀で酒造業を営んでいましたが、後に骨董商となり、この頃から戯画を描き始めたとされています。安永から寛政年間にかけて活躍し、軽妙洒脱な肉筆画や絵本を数多く残しました。彼の作品は、当時の堅苦しい世間を笑い飛ばすかのような、荒唐無稽で脱力感あふれる表現が特徴です。耳鳥斎自身が「世界ハ是レ即チ一ツノ大戯場」(世界はひとつの大劇場)と語っていたように、彼は世の中を舞台に見立て、その滑稽さや人間のおかしみを絵に表現することを意図していたと考えられます。彼の「竹虎図」もまた、伝統的な画題である虎の絵に、耳鳥斎独自の視点とユーモアが込められていたことでしょう。
技法や素材 耳鳥斎の作品は、簡略化された線で対象の特徴を捉える、漫画のような「ゆるい」タッチが特徴です。手足を細く描く略筆体や、筆先を意図的に割って描く「割筆(わりふで)」の技法を用いることで、おおらかで楽しい雰囲気の中に、実は高い素描力に裏打ちされた表現を生み出しています。 「竹虎図」においても、おそらく紙本に墨を主体とし、時に淡彩を加えて描かれた肉筆画と考えられます。その筆致は、まるで現代の漫画やイラストを見るかのような、時代を超越した感覚を与えます。
意味合い 伝統的な「竹虎図」は、竹林に潜む虎を描くことで、虎の威厳や力強さ、また竹の清らかさや生命力を表現する画題です。しかし、耳鳥斎が描く「竹虎図」は、その戯画的な作風から、単なる猛獣としての虎ではなく、人間味あふれる、あるいはどこか滑稽な表情や姿をした虎として描かれた可能性が高いでしょう。彼の作品に登場する「へんてこな人々」と同様に、この虎もまた、見る者に笑いや安らぎ、あるいは奇妙な親しみを感じさせるような、耳鳥斎独特の「おかしみ」が込められていたと推測されます。
評価や影響 耳鳥斎の作品は、江戸時代後期の大坂において高い人気を博し、その軽妙な筆致は、大坂琳派の中村芳中(なかむらほうちゅう)にも影響を与えたと言われています。 大正時代には写楽と比較されるほど評価されましたが、昭和以降は一時的に日本美術史から忘れ去られる不当な評価を受ける時期もありました。しかし近年では、その「ゆるさ」が再評価され、「近代漫画の源流」の一つとして注目を集めています。 耳鳥斎の「竹虎図」もまた、彼の革新的な表現が、後の時代の視覚文化に与えた影響を考察する上で重要な作品と言えるでしょう。