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竹虎図

仙厓義梵

本記事では、展覧会「春の江戸絵画まつり 長沢蘆雪」にて展示される、仙厓義梵の作品「竹虎図」(個人蔵)についてご紹介します。


仙厓義梵「竹虎図」

この度、「春の江戸絵画まつり 長沢蘆雪」にて、江戸時代の禅僧画家、仙厓義梵(せんがいぎぼん)による「竹虎図」が展示されます。本作品は個人蔵のため、通常は目に触れる機会の少ない貴重な一点です。

作品の背景・経緯・意図

仙厓義梵は、寛延3年(1750年)に美濃国(現在の岐阜県)に生まれ、11歳で出家し臨済宗の僧となりました。その後、諸国を行脚して修行を重ね、39歳で博多の聖福寺(日本最初の禅寺として知られる)の第123世住職に就任しました。住職を23年間務めた後、62歳で隠居し、88歳で遷化するまでの間、多くの書画を残しました。仙厓が本格的に絵を描き始めたのは40代後半からとされています。

仙厓の作品、特に「禅画」は、禅の教えを人々に分かりやすく伝えることを主な意図として描かれました。彼は堅苦しい説法ではなく、絵とそれに添えられた賛(言葉)を通して、ユーモアを交えながら禅の深遠な思想や人生訓を示しました。彼の画風は、時に自らの絵には「法がない」と宣言するほど自由闊達で、多くの人々から親しまれました。

「竹虎図」という画題は、古くから禅画において伝統的に描かれてきたモチーフの一つです。虎は威厳や力、竹は清廉さや節操を象徴します。仙厓がこの伝統的な画題を選んだ背景には、禅の教えを寓意的に表現する意図があったと考えられます。特に、本作品に添えられた可能性がある「虎嘯風生(こしょうふうせい)」(虎が吠えれば風が生じる)という画賛は、虎の威厳ある姿と禅の境地が結びつくことを示唆しています。

技法や素材

仙厓の「竹虎図」は、一般的に彼の他の作品と同様に、紙本墨画(しほんぼくが)で描かれています。 墨の濃淡と筆の勢いを活かした簡素な表現が特徴です。緻密な描写よりも、対象の本質を捉え、見る者に想像の余地を与えるような、洒脱(しゃだつ)で飄逸(ひょういつ)な筆致が見られます。彼の絵は「ゆるふわ」とも評される、力みのない脱力系の描写が特徴であり、一見すると素朴ながらも、深い洞察とユーモアが込められています。

作品の意味

「竹虎図」において、虎は通常、勇猛さや権威の象徴として描かれますが、仙厓の描く虎はしばしば、どこか愛嬌があり、見る者の心を和ませるような「ゆるい」表情や姿で表現されることがあります。 これは、禅の厳しさの中に優しさや親しみやすさを見出し、民衆に寄り添おうとした仙厓の人間性そのものを反映していると言えるでしょう。竹の持つ、逆境にも折れない強靭さと、まっすぐに伸びる姿は、禅の修行における精神性や悟りへの道を象徴するものと考えられます。

仙厓は、見る人の立場や知識に応じて様々な解釈を許容する作品を描きました。この「竹虎図」もまた、禅の奥深さを、誰もが親しみやすい形で提示することで、心の自由や本質への気づきを促すことを意味していると解釈できます。

評価と影響

仙厓義梵の絵画は、その生前から「博多の仙厓さん」として庶民に広く愛され、武士から庶民まで幅広い層からの揮毫(きごう)依頼が絶えなかったと伝えられています。 彼は、難解になりがちな禅の教えを、ユーモアと親しみやすい表現で視覚化し、民衆教化に大きな役割を果たしました。彼の「ゆるふわ」な作風は、現代の「ゆるキャラ」の元祖とも評されることがあります。

昭和初期には「仙厓ブーム」と呼ばれる研究熱が高まり、多くの作品が再評価されました。 現在、仙厓の作品は世界的にも禅画の代表作として注目されており、出光佐三(出光興産創業者)をはじめとする多くの収集家を魅了し、出光美術館、福岡市美術館、九州大学文学部などにそのコレクションが所蔵されています。 仙厓の作品は、時代を超えて人々の心を和ませ、禅の精神を伝える貴重な存在として、今日でも高く評価され続けています。