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欠伸布袋図

仙厓義梵

仙厓義梵 《欠伸布袋図》

本稿では、展示会「春の江戸絵画まつり 長沢蘆雪」にて紹介される作品の中から、仙厓義梵による《欠伸布袋図》について解説します。

制作背景・経緯・意図

仙厓義梵(1750-1837)は、江戸時代後期の臨済宗の禅僧であり、数多くの禅画を残した画僧として知られています。美濃国(現在の岐阜県)に生まれ、11歳で得度しました。39歳で博多の聖福寺に入り、第123世住職を務めました。彼が本格的に絵を描き始めたのは40代後半からと見られ、多くの作品は62歳で住職を引退した後に制作されました。隠居後の仙厓は、禅の教えを人々に分かりやすく伝えるため、ユーモラスで親しみやすい画風の禅画を数多く描きました。彼の絵は、当時の人々からも非常に人気があり、「博多の仙厓さん」として慕われました。彼は「世画に法あり、厓画に法なし」と語り、技巧に囚われない自由な表現を追求しました。これは、絵の巧みさに鑑賞者の意識が集中し、禅の教えという本質が見失われることを避けるためであったとされています。

《欠伸布袋図》も、こうした仙厓の禅画の一つです。布袋は、七福神の一人であり、弥勒菩薩の化身ともされる中国の僧侶です。仙厓は生涯にわたって布袋をテーマにした絵を多く描きましたが、それは布袋が衆生を救済する象徴であると考えたためとされています。

技法や素材

仙厓義梵の《欠伸布袋図》は、紙に墨で描かれた水墨画(紙本墨画)です。彼の禅画の大きな特徴は、洗練された技巧よりも、墨の濃淡や線の勢いを生かした簡潔で大胆な筆致にあります。特に晩年の作品に見られる「無法」と称される自由闊達な画風は、見る者に親しみやすさと同時に禅的な深遠さを感じさせます。布袋の丸々とした体型や、あくびをする時の口の開き方、伸びやかな腕の表現など、最小限の線で対象の本質を捉え、人間味あふれる姿を描き出しています。

意味

《欠伸布袋図》は、大きなあくびをする布袋の姿を描いた作品です。この図像は、深いまどろみから目覚め、大きく伸びをしてあくびをする布袋の、きわめて人間らしい一瞬を捉えています。仙厓の布袋は、従来の理想化された高僧像とは異なり、無邪気で、やや奔放で、非常に人間くさい表情や仕草で描かれることが多いのが特徴です。

このあくびをする布袋の姿には、世俗的な束縛から解放された自由な境地や、飾り気のない自然体であることの尊さが込められています。また、ある《あくび布袋図》に添えられた賛文には、「釈迦が亡くなり、次の救世主が現れる様子もない……」といった世の中の乱れを憂えるような意味が込められているものもあります。これは、優れた指導者が不在の状況に対する批判であり、経典や論語の知識を持つ学者や僧侶に向けたメッセージであったと考えられます。仙厓は、こうした親しみやすい布袋の姿を通して、仏の教えや人生の真理を分かりやすく、しかし奥深く示そうとしました。

評価や影響

仙厓義梵の作品は、その生前から高い人気を誇り、彼の元には多くの人々が絵や書を求めて訪れたと伝えられています。彼の禅画は、そのユーモラスで「ゆるい」表現から「かわいい禅画」や「ゆるキャラの元祖」と称されることもあり、禅の教えを難しいものとして捉えがちな一般の人々にも広く受け入れられました。

仙厓の作品は、出光美術館に約1000点、福岡市美術館に約200点収蔵されるなど、多くの美術館に収蔵されています。特に、実業家である出光佐三は仙厓作品の主要なコレクターとして知られています。昭和初期には「仙厓ブーム」が起こり、彼の研究熱が高まり、各地から多くの作品が発見されました。現代においても、その普遍的なメッセージと独特の画風は多くの人々を魅了し続け、様々な展覧会で紹介されています。