エウシェーン・ヤーンソン
東京都美術館開館100周年記念「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」展にて展示されている、エウシェーン・ヤーンソン作「5月の夜」についてご紹介します。
作品の背景と意図 「5月の夜」は、スウェーデンの画家エウシェーン・ヤーンソン(1862-1915)によって1895年に制作されました。ヤーンソンは、1890年代から1904年頃にかけて「青の画家」として知られ、夜の風景や都市の情景を青を基調とした色彩で描いた作品を数多く残しています。彼は生涯を過ごしたストックホルムのセーデルマルム地区、特にマリアベルゲットの自宅兼アトリエから見下ろす街や水辺の景色に魅了され、それらを主要な画題としました。 彼の作品は、当時のフランスで学んだレアリスムや自然主義から離れ、自身の感情や叙情的な雰囲気を重視した、スウェーデン独自の表現方法を模索する中で生まれました。 ヤーンソンにとって音楽、特にショパンは重要なインスピレーション源であり、彼の友人は絵画の青い光を彼のピアノ演奏と関連づけて語ったとされています。彼が自身の青い風景画のいくつかを「ノクターン(夜想曲)」と呼んだのも、この音楽からの影響が示唆されています。 「5月の夜」も、このような「ノクターン」のひとつとして、ストックホルムの夜の独特な青い雰囲気、たそがれ時の光、そして水辺の静寂を描き出そうとした作品です。
技法と素材 本作「5月の夜」は油彩で描かれたカンヴァス作品です。 サイズは縦114.7cm、横83.5cmです。 ヤーンソンのこの時期の作品は、強い筆致が特徴で、しばしば筆跡が交差しながら画面を構成しています。青を主調とした色使いと、たそがれ時の薄明かりの描写には、彼独自の表現技法が見られます。
作品が持つ意味 「5月の夜」は、ストックホルムのセーデルマルムの水辺にガス灯が点り、数隻のボートが浮かぶ静かな夜明け前の情景を描いています。 人物の姿はなく、薄明かりと水、そして光が中心的なモチーフとなっています。この作品は、北欧の厳しくも豊かな自然や、日常の中に潜む輝きを、親密で情緒豊かな表現で捉えようとしたスウェーデン美術の特質を体現しています。 黄昏時や夜の情景を通じて、見る者に神秘的で温かい感情を呼び起こし、絵本のような幻想的な世界観を感じさせるとも評されています。 また、ヤーンソンの「ノクターン」と称される作品群と同様に、音楽的な叙情性や感情の動きを視覚的に表現しようとする意図が込められています。
評価と影響 ヤーンソンの青を基調とした夜景のパノラマは、発表当初、その革新性と作品の大きさから、一般の鑑賞者や批評家、美術館からは懐疑的な反応を受けることもありました。しかし、彼は自らのスタイルを貫き制作を続けました。 近年、スウェーデン絵画は国際的に注目を集め、フランスやアメリカなど国外でも大規模な展覧会が開催されています。 本展覧会が日本で初めてスウェーデン絵画の黄金期に焦点を当てたものであることは、ヤーンソンを含むこの時代の画家たちの作品が、今日においても高い評価と影響力を持ち続けていることの証と言えるでしょう。 彼の作品は、自然とともに豊かに生きる北欧ならではの感性を現代に伝え、ウェルビーイングという現代的な価値観のルーツを示すものとしても再評価されています。