リッカッド・バリ
東京都美術館開館100周年記念「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」展は、近年世界的に注目されるスウェーデン美術の「黄金期」を本格的に紹介する展覧会です。この展覧会で展示されるリッカッド・バリの作品「ヴァールバリの要塞」は、スウェーデンの歴史と風土、そして画家の内面的な表現が融合した重要な作品として位置づけられています。
リッカッド・バリ(Sven Richard Bergh, 1858-1919)は、スウェーデンの画家、美術評論家、そして美術館の館長として多岐にわたる活動を行いました。彼はパリでの学習経験を持ちながらも、印象主義には惹かれず、写実主義に傾倒しました。しかし、やがて純粋な写実主義から脱却し、より主観的な表現を重視する「雰囲気の絵画(Stämningsmåleri)」という概念を1896年に提唱しています。
1893年、バリはニルス・クレーゲル、カール・ノードストゥルムと共に、作品の舞台となるヴァールバリに移住し、芸術家コロニーを設立しました。彼らは「ヴァールバリ派」として知られ、スウェーデンの風景画において新しいスタイルを確立しました。この時期のバリはロマンティック・ナショナリズムに強く惹かれており、郷土の自然や歴史、それらが喚起する感情を作品に反映させようと努めました。
「ヴァールバリの要塞」は1890年代に制作された油彩画であり、スウェーデン固有のアイデンティティを芸術を通じて表現しようとするバリの意図が強く込められています。この作品は、単なる風景の写実的な描写にとどまらず、歴史的建造物が持つ威厳や、北欧の厳しい自然の中に佇む要塞の姿を通して、見る者に深い歴史と郷愁、そして荘厳な「雰囲気」を伝えることを目指しています。
本作は、カンヴァスに油彩で描かれた絵画であり、高さ73cm、幅92cmのサイズです。 「ヴァールバリ派」の画家たちは、光の表現や大気感、感情を喚起する色彩や構図を重視した「雰囲気の絵画」を追求しており、この作品においても、ヴァールバリの要塞が持つ独特の空気感や時間性を伝えるために、細やかな筆致と色彩が用いられていることが推測されます。
作品の主題であるヴァールバリの要塞は、スウェーデンのヴァールバリに位置する歴史的な沿岸要塞です。その建設は13世紀後半に始まり、デンマーク王クリスチャン4世の命により16世紀後半から17世紀初頭にかけて大幅に拡張され、1618年にはヨーロッパで最も近代的な防衛施設の一つとなりました。
1645年のブロムセブロー条約によってスウェーデン領となった後、1830年には軍事的な役割を終え、その後1931年まで刑務所として使用されました。現在では文化遺産として保存され、ハッランド文化史博物館として一般公開されています。
リッカッド・バリがこの要塞を描いたことは、単に堅牢な建築物を描写するだけでなく、その長い歴史と、それがスウェーデンの国土や国民性に与える象徴的な意味を深く掘り下げようとした結果と考えられます。かつての防衛施設が持つ威厳、幾多の歴史的変遷を見守り続けてきた存在としての要塞、そして北欧特有の厳しい自然の中に静かに佇むその姿が、この絵画に多層的な意味を与えています。
リッカッド・バリは、「ヴァールバリ派」の中心人物としてスウェーデン美術史において重要な役割を担いました。彼の提唱した「雰囲気の絵画」の理論は、当時の写実主義に代わる主観的な表現への転換を促し、世紀末の北欧芸術の潮流に大きな影響を与えました。
「ヴァールバリの要塞」が、今回東京都美術館の開館100周年記念展という大規模な国際展で紹介されることは、スウェーデン美術におけるこの作品の歴史的、芸術的価値の高さを示すものです。この作品は、スウェーデンの風景と歴史が織りなす独特の美学を日本に紹介する上で、象徴的な存在となっています。