アウグスト・ストリンドバリ
アウグスト・ストリンドベリの「海辺の風景」
スウェーデンを代表する劇作家、小説家として世界的に知られるヨハン・アウグスト・ストリンドベリ(1849-1912)は、その文筆活動の傍ら、独創的な画家としても活動しました。東京都美術館開館100周年記念「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」展で紹介される作品「海辺の風景」(原題:Coastal Landscape、またはKustlandskap II)は、1903年に制作された油彩画です。この作品は、ストリンドベリの画家としての特徴と、彼の内面世界を色濃く反映しています。
ストリンドベリの絵画制作は、しばしば執筆活動が行き詰まるような精神的な危機や個人的な困難な時期と重なっていました。彼は専門的な美術教育を受けていませんでしたが、「棒切れや石ころを描写するのではなく、自分の内なる感情を表現すべきだ」と記しており、絵画を自己の内面を映し出す手段として捉えていました。彼の風景画、特に荒れた海を描いた作品は、「魂の風景(soulscapes)」や「心象風景」とも呼ばれ、単なる自然の描写に留まらず、自身の激しい感情や精神状態を投影したものです。
「海辺の風景」を含むストリンドベリの絵画は、独特の技法で制作されています。彼はパレットナイフを多用し、絵具を厚く盛り上げる「インパスト」と呼ばれる手法を特徴としています。絵具はパレット上だけでなくキャンバス上でも直接混ぜられ、大胆なタッチと即興性を生み出しました。また、彼は偶然の効果を取り入れ、明確なモチーフを持たずに無意識に導かれるままに描くこともありました。素材においても実験的であり、時には油絵具に石膏を混ぜたり、絵画の一部を燃やしたりすることもあったとされます。作品の色彩は、抑制されながらも劇的な表現が特徴です。
「海辺の風景」に代表される彼の海景画は、荒れ狂う海や険しい崖といった自然の描写を通して、ストリンドベリ自身の精神的な葛藤や荒々しい感情が表現されています。彼の絵画テーマは、しばしば彼の激しい気分の変動、さらにはパラノイド統合失調症に近い精神状態と関連付けられて解釈されることがあります。彼は絵画を通じて、目に見える世界を超えた、形のないものや未分化なものを表現しようと試みていました。
生前、画家としてのストリンドベリの作品は、彼の文筆業ほどには評価されていませんでした。しかし、彼の実験的な絵画は、その即興性、抽象性、そして大胆な厚塗りのタッチが評価され、今日では20世紀の様々な前衛芸術運動、特に表現主義やシュルレアリスムの先駆者と見なされています。彼は「新しい芸術!芸術制作における偶然の役割」と題したエッセイ(1894年)の中で、自身の芸術理論を述べており、その思想も注目されています。彼の絵画に対する本格的な関心と再評価は、1960年代に入ってから顕著になりました。このように、アウグスト・ストリンドベリは、文学者としてだけでなく、近代美術の発展に重要な影響を与えた画家としても、その名を刻んでいます。