アウグスト・ストリンドバリ
東京都美術館開館100周年記念「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」にて展示されるアウグスト・ストリンドバリの作品、「嵐の海、ほうき状のブイ」を紹介します。
嵐の海、ほうき状のブイ (Stormy Sea. Broom Buoy)
アウグスト・ストリンドバリ (August Strindberg)
1892年
アウグスト・ストリンドバリは、スウェーデンを代表する劇作家、小説家として広く知られていますが、同時に革新的で実験的な画家でもありました。彼の絵画制作は、人生における個人的な苦難や人間関係の問題、あるいは作家としての創造力が停滞した時期と重なることが多く、絵画は彼にとって執筆が困難な時期の創造的な代替手段であり、治療的な役割を果たしていました。
ストリンドバリは、故郷スウェーデンの風景を、自身の内面的な感情や精神状態を映し出す鏡として捉えていました。そのため、彼の海景画や嵐の空、荒れ狂う波などのモチーフは、「魂の風景(ソウルスケープ)」、あるいは彼自身の内面的な肖像画として解釈されることがあります。彼は、1894年のエッセイ「芸術における新たな方向性!あるいは芸術的創造における偶然の役割(New directions in art! Or the role of chance in artistic creation)」の中で、自然の創造方法を模倣したいという願望と、偶然性を芸術に取り入れる彼独自の制作手法について述べています。これは、20世紀の自動的な芸術技法を先駆けるものでした。
本作品「嵐の海、ほうき状のブイ」は1892年に制作され、彼の主要な絵画活動の初期にあたります。
本作品は油彩絵具を用いて厚紙に描かれています。ストリンドバリは、キャンバスだけでなく、厚紙、包装紙、金属板など、手に入るあらゆる素材に描きました。
彼の絵画技法の特徴は、パレットナイフを多用し、絵具を厚く、力強い筆致で塗布することにあります。この技法によって、絵具がパンにバターを塗るように広げられたかのような視覚効果が生まれています。また、偶発的な効果を取り入れた即興性や抽象性を特徴とし、絵画の触覚的な表面を強調することで、単なる自然の描写にとどまらず、絵画自体が自然の一部であるかのような印象を与えています。作品によっては、バーナーで部分的に黒く焦がしたり、描かれたというよりも酸化によって生成されたかのような荒い質感を生み出したりすることもありました。
「嵐の海、ほうき状のブイ」は、混沌と不確実性の感覚を呼び起こす作品です。ストリンドバリの海景画に見られる劇的な空や暗い色彩は、脅威、不吉な予感、距離感、そして疎外感を伝えることが多く、彼の内面的な葛藤や精神状態を反映した「魂の風景」として解釈されます。嵐の海や孤独なブイ(あるいは岩)といったモチーフは、彼の作品全体に共通して見られるテーマです。
彼の情感豊かな絵画は、自伝的であると見なされており、この非凡な才能を持つ人物の人生と個性を深く洞察する手がかりとなります。
画家としてのアウグスト・ストリンドバリは、同時代の芸術家たちよりも先を行く存在でした。彼の実験的な絵画は、その即興性と抽象性により、後の20世紀の様々な前衛芸術運動、特に表現主義やシュルレアリスムの先駆者と見なされています。
彼の絵画は、J.M.W.ターナーの作品、特に光と水が渦巻く爆発的な表現と比較されています。ストリンドバリ自身も、1894年のロンドン訪問時にターナーの作品を実際に見て影響を受けた可能性が高いとされています。
彼は主に作家として知られていますが、演劇の分野では自然主義と表現主義を近代ヨーロッパの舞台にもたらしました。彼の革新的な演劇技法は、後の演劇運動の基礎を築いています。
スウェーデン国外では画家としての認知度は低いものの、彼の視覚芸術は近代美術の先駆者として再評価が進んでいます。彼は1870年代には美術批評家として活動し、パリ印象派の発展を理解した最初期の人物の一人でした。また、ポール・ゴーギャンから展覧会の序文執筆を依頼されたこともあります。
本作品が展示される「東京都美術館開館100周年記念 スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」展は、スウェーデン美術の黄金期(1880年代から1915年)の絵画を本格的に紹介するものであり、フランスで学んだスウェーデン人芸術家たちが、帰国後、自然や日常の輝きを親密で情緒豊かな表現で描き出し、独自の芸術を確立していった様子が紹介されます。この展覧会において、ストリンドバリは、世界的に注目されるスウェーデンの国民的画家、劇作家として位置づけられています。