アウグスト・ストリンドバリ
東京都美術館開館100周年記念「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」展にて展示されている、アウグスト・ストリンドバリの作品「嵐の海、目印のないブイ」についてご紹介します。
アウグスト・ストリンドバリによる油彩画「嵐の海、目印のないブイ(Stormy Sea. Buoy without Top Mark)」は、1892年に制作された作品です。本作品は、スウェーデン国立美術館の所蔵であり、今回の東京都美術館での展覧会にて展示されています。作品名は「嵐の海。ほうきブイ」とも訳されます。
アウグスト・ストリンドバリ(1849-1912)は、劇作家、小説家としてスウェーデンを代表する文学者であり、自然主義文学や表現主義の先駆者として知られています。 一方で画家としても活動しており、生涯におよそ120点ほどの絵画を描きました。 彼は正式な美術教育を受けたわけではなく、独学で絵画を学びました。
ストリンドバリが絵画を制作したのは、執筆活動が困難になった時期、特に1890年代の精神的な危機、いわゆる「インフェルノ危機」に陥った時期と重なります。 彼にとって絵画は、言葉で表現できない内面の状態を表す「もうひとつの出口」であり、文学とは異なる「表現の本流ではない」ものであったとされています。 完成度や美しさよりも、切迫した内面の状態がそのまま作品に表れていることが特徴です。 彼は、自身が暮らしたストックホルム群島の風景など、木、空、地面、水辺といったモチーフを繰り返し描きました。
ストリンドバリの絵画は、パレットナイフを多用した厚塗りの大胆なタッチが特徴です。 絵の具をナイフで広げながら偶発的な効果を取り入れ、即興的かつ抽象的な表現を生み出しました。 その画風は、イギリスの画家ターナーに影響を受けているとされ、特にロンドンでの新婚旅行でターナーの作品に感銘を受けたと伝えられています。 しかし、彼の海の風景画はターナーのものよりも一層荒々しく激しいと評され、暗い色調で絵の具を塗り重ね、海や空をダイナミックに表現しています。
「嵐の海、目印のないブイ」は、そのタイトルが示す通り、混沌と不確実性を呼び起こす作品です。 ストリンドバリの絵画は、彼の内面的な苦悩や精神状態を投影した「心象主義」的な風景画と解釈されています。 荒れ狂う海は、彼の荒れた心を率直に表現しているとされ、自身の人生や精神状態の「地獄」を象徴する自画像的な作品群の一部と見なされています。 「目印のないブイ」という要素は、嵐の中で方向性を見失い、拠り所がない状態、あるいは内面的な混乱をより強調していると考えられます。
生前、ストリンドバリは主に文学者として名声を確立しており、画家としての評価は限定的でした。しかし近年、彼の実験的な絵画は再評価が進んでいます。 パレットナイフを用いた厚塗りの手法、即興性、そして抽象性は、20世紀のシュルレアリスムや表現主義といった前衛芸術運動を先駆けるものと位置づけられています。
今回の「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」展では、スウェーデン美術の黄金期(1880年代から1915年頃)の作品が展示されていますが、その中でストリンドバリの作品は、北欧美術に一般的に見られる静けさや明るさとは異なる、切実で不穏な側面を提示し、強い印象を残すとされています。 近年では、スウェーデン国外でも大規模な展覧会が開催されるなど、国際的にも注目を集めています。