ハンナ・パウリ
東京都美術館開館100周年記念「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」展にて展示される、ハンナ・パウリの油彩作品《グランドピアノにて》を紹介します。
ハンナ・パウリ(旧姓ヒルシュ、1864-1940)は、1880年代のスウェーデン美術における先駆者として認識されている画家です。音楽出版社の娘としてストックホルムに生まれ、12歳でオーギュスト・マルムストレムに師事し、後にストックホルムの王立美術アカデミーで学びました。1885年から1887年にかけてはパリのアカデミー・コラロッシで研鑽を積み、1887年に画家ゲオルグ・パウリと結婚しています。
パウリの作品は、1880年代の美術界において、その主題選択と様式的な実行の両面で革新的であると評価されていました。彼女は、同時代の多くのスウェーデン人画家が印象派よりもフランスの「ジュスト・ミリュー(中庸派)」の画家に近いと評される中で、厚塗りの絵具を使用する特徴的な技法も見せています。
《グランドピアノにて》は1892年に制作された作品で、パウリの画業において人物描写と日常生活への着目が一貫していることを示します。彼女は生涯を通じて肖像画や身近な人々の姿を描き続け、特にブルジョワ階級の女性たちを写実的に描き出すことに長けていました。 この作品もまた、展示会のタイトルにある「北欧の光、日常のかがやき」というテーマに沿い、当時のスウェーデンの日常の一場面を切り取ったものとして捉えることができます。
本作は油彩でカンヴァスに描かれています。 ハンナ・パウリの画風は、写実的な描写を特徴とし、時に印象派的な要素も取り入れつつ、厚塗りの絵具を用いることで光の表現に独自の輝きを与えました。 《グランドピアノにて》においても、室内でグランドピアノに向かう人物の姿が、光のニュアンスや空間の雰囲気を捉える繊細な筆致で表現されていると推測されます。
グランドピアノは、その構造上、音の持続性や表現の幅広さから、プロの演奏家や熱心なアマチュアに選ばれる楽器です。 描かれたグランドピアノは、当時の豊かな文化的な日常を象徴する存在であり、作品に深みを与えています。
この作品は、19世紀末の北欧における女性の生活の一端を、静かで内省的な視点で捉えていると考えられます。音楽が家庭生活に溶け込み、芸術が日常を彩る様子が描かれており、当時のブルジョワ階級の文化的な営みを伝えるものです。 パウリが人物を主な主題としていたことから、グランドピアノに向かう人物の姿勢や表情を通して、その内面や感情、あるいは集中する様が表現されている可能性も指摘できます。展示会のテーマである「北欧の光、日常のかがやき」は、本作が持つ静謐でありながらも温かい日常の輝きと共鳴しています。
ハンナ・パウリは、その生涯にわたりスウェーデン文化の中心的な存在であり続けました。 彼女の作品は、現代の女性の姿を伝統に囚われない形で描いたことで、初期の代表作である《フィンランド人芸術家ヴェンニ・ソルダン=ブロフェルトの肖像》のように、当時の社会に議論を巻き起こすこともありました。 《グランドピアノにて》は、そうしたパウリの人間描写への深い洞察と、日常の中に美を見出す視点が凝縮された作品の一つとして評価されます。彼女の作品は、20世紀初頭の北欧美術史において重要な位置を占め、後の世代の芸術家たちにも影響を与えました。