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おもちゃのある部屋の隅

カール・ラーション

東京都美術館開館100周年記念「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」展にて展示されるカール・ラーションの作品、「おもちゃのある部屋の隅」についてご紹介します。

作品名:おもちゃのある部屋の隅(Toys in the Corner) アーティスト名:カール・ラーション


制作背景と意図

スウェーデンの国民的画家であるカール・ラーション(1853-1919)は、自身の家族や彼らが暮らした家「リッラ・ヒュットネース」での生活を主題とした作品を数多く残しました。彼の作品は、幼少期の貧しい経験と父親による暴力の中で育った背景があり、それとは対照的に、明るく幸福な家庭生活への強い憧れと理想を反映しています。

ラーションは1888年に妻カーリンの父から「リッラ・ヒュットネース」と呼ばれる家を譲り受け、夫妻はこの家を理想の住まいへと増改築していきました。その中で、長雨が続き戸外での制作ができない夏に、カーリンの提案で家の中の様子を描き始めたのが、代表作となる画集『わたしの家』(Ett hem)シリーズのきっかけです。このシリーズは1899年に画集として出版され、世界中でベストセラーとなり、彼の名前を国境を越えて広めました。

「おもちゃのある部屋の隅」も、ラーションが家族と共に作り上げた温かい家庭、特に子供たちのいる日常の情景を捉えた作品の一つと考えられます。そこには、画家が追い求めた幸福な家庭の理想像が表現されています。

技法と素材

カール・ラーションは油彩と水彩の両方を手掛けましたが、特に水彩画において高い評価を得ています。彼の作品は、水彩による明るく優しい色使いと、自然光を感じさせる表現が特徴です。貧困や挫折を経験したラーションが、画壇での成功を得て、明るい色調で描かれるようになったと言われています。

また、パリ留学中に触れた日本美術、特にジャポニスムからの影響も色濃く見られます。彼は「日本は芸術家としての私の祖国である」と語るほど強い関心を示し、水彩画の線描や鮮やかな色彩にその影響を見ることができます。線描で人物とその背景を緻密かつ簡素に描き出す独自の様式を確立しました。衣類のひだやカーテン、ラグなどの柔らかい質感は丹念に、床板や家具などの硬い箇所は定規を用いたような正確な直線で描かれており、これによって室内風景にスナップ写真のような躍動感が生まれています。

「おもちゃのある部屋の隅」においても、これらの特徴的な水彩技法が用いられ、子供たちの存在を感じさせる柔らかな光と色彩で、日常の一場面が丁寧に描かれていると推測されます。

作品の意味

カール・ラーションの作品は、穏やかで幸福感のある雰囲気を鑑賞者に与えます。彼の絵画は、家族のくつろいだ時間を静かに描き出し、見る者に温かい共感を呼び起こします。

「おもちゃのある部屋の隅」は、子供たちの遊びの痕跡であるおもちゃが残された一室を描くことで、そこに確かに存在する家族の営みと温かさを象徴しています。整頓されつつも生活の気配が感じられる空間は、理想化された家庭像だけでなく、日常の中のささやかな喜びや幸福を讃えるラーションの哲学が込められています。彼の描く家は、単なる住居ではなく、愛と幸福が育まれる「世界で最も有名な芸術家の家の一つ」として、北欧スタイルやインテリアデザインの原点とも評されています。

評価と影響

カール・ラーションはスウェーデンで国民的な人気を誇る画家であり、現代のスウェーデンのインテリアに深い影響を与えたとされています。彼の画集『わたしの家』は、ホーム・インテリアの手本として広く受け入れられ、夫妻が作り上げた家「リッラ・ヒュットネース」の風景は、スウェーデンのインテリア・デザインの標準となり、後にIKEAのモデルにもなったと言われています。

ラーションの作品は、その朗らかで繊細な描写により、家族の暮らしを生き生きと伝え、北欧の美しい暮らしの世界を具現化しました。彼の作品に見られる大胆な構図や線描様式は、アール・ヌーヴォーの台頭に先立つものであり、後の美術運動にも影響を与えたと評価されています。また、彼が自伝の中で「私の家族と家が生涯最高の傑作だ」と記した言葉は、彼の芸術と人生が密接に結びついていたことを示しています。

「おもちゃのある部屋の隅」のような作品は、ラーションが描いた数々の家庭の情景とともに、スウェーデン独自の伝統文化や自然と調和するライフスタイルを再評価するきっかけとなり、北欧の人々のアイデンティティ形成にも貢献しました。彼の生み出した温かく心和む世界観は、今日でも世界中で愛され続けています。