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《ロココ》のための習作

カール・ラーション

東京都美術館開館100周年記念「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」展にて展示されるカール・ラーションの作品《ロココ》のための習作についてご紹介します。


カール・ラーション《ロココ》のための習作

本作品は、スウェーデンの国民的画家カール・ラーションが1888年に油彩、カンヴァスで制作した《ロココ》と題された作品のための習作です。

制作背景と経緯 カール・ラーション(1853-1919)は、スウェーデンのストックホルム旧市街の貧しい家庭に生まれました。幼い頃から絵の才能を見出され、1866年にスウェーデン王立美術学校に入学し、学費を稼ぐために雑誌や書籍の挿絵を手がけました。1877年と1880年にはパリへ渡り、1882年にパリ郊外の芸術家村グレー=シュル=ロワンに移り住んだことで、彼の芸術は転機を迎えます。この地で、彼は自然光を取り入れた外光主義的なレアリスムの表現を深め、特に水彩画において独自のスタイルを確立しました。

1883年に画家カーリン・ベルグーと結婚し、1884年に長女スザンヌが誕生すると、ラーションの作品テーマは家族の日常生活へと深く傾倒していきました。本作品が制作された1888年は、ラーション夫妻がカーリンの父からスンドボーン村にある小さなコテージ「リッラ・ヒュットネース」を譲り受けた年です。この家は、夫妻が理想的な住まいとして改装を重ね、後にラーションの芸術の中心的なモチーフとなっていきます。

「ロココ」は、18世紀にフランスで流行した優雅で軽やかな美術様式を指します。ラーション自身もロココ・リヴァイヴァル(ロココ様式の再興)に関心を寄せていた画家であり、彼らの家「リッラ・ヒュットネース」のインテリアには、フランスのロココ様式と北欧の素朴さを融合させたグスタヴィアンスタイルの家具が取り入れられていました。また、彼のアトリエにあった長椅子は、新古典主義とロココ様式が混在するものであったとされています。この習作は、おそらく彼が主要作品《ロココ》を制作するにあたり、ロココ様式特有の優美さや装飾性、あるいはその時代背景を自身の表現に取り入れようとした試みの一環として描かれたと考えられます。

技法と素材 本作品は油彩で描かれており、カンヴァスが支持体として用いられています。ラーションは油彩と水彩の両方を多く手掛けていますが、この時期以降、家族を描いた水彩画では、明るく柔らかな色彩と自然光を感じさせる表現が特徴となります。彼の作品には、しばしば明確な輪郭線が用いられ、特に硬質な表面を描く際には定規を用いたような直線が、布などの柔らかい質感の描写における繊細なひだとは対照的に表現されています。

意味合い 《ロココ》のための習作は、ラーションが「リッラ・ヒュットネース」での新たな生活を始めた時期に、歴史的な美術様式であるロココを自身の芸術に取り込もうとした意図を示唆しています。これは、彼が自身の家族の生活を描きながらも、装飾や様式といった美術史的な要素にも目を向け、自身の作品世界を構築していった過程を示すものと言えるでしょう。

評価と影響 この特定の習作に対する直接的な評価は限定的ですが、カール・ラーションの作品全体、特にこの時期以降の作品は、スウェーデン国内外で高く評価されました。彼の作品に溢れる幸福感と温かさは多くの人々の共感を呼び、スウェーデンにおける理想的な暮らしの象徴となりました。

また、ラーションのスタイルは、線描様式や大胆な構図に日本美術(ジャポニスム)の影響が見られ、後にアール・ヌーヴォー様式にも通じるものとして評価されています。彼の描いた自身の家と家族の様子を収めた画集『わたしの家』(1899年)などは世界的ベストセラーとなり、北欧デザインやスウェーデンのライフスタイルに多大な影響を与えました。彼の芸術は、スウェーデン人が自国の伝統文化や自然と調和した生活様式を再認識するきっかけともなったのです。