カール=フレードリック・ヒル
東京都美術館開館100周年記念「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」展にて展示されている、カール=フレードリック・ヒルの油彩画「花咲くリンゴの木」についてご紹介します。
「花咲くリンゴの木」は、スウェーデンの画家カール=フレードリック・ヒルが1877年に制作した油彩画です。この作品は、彼が精神疾患を発症し、そのキャリアが中断される直前の、最も意欲的で生産的な時期に描かれました。現在、ストックホルムの国立美術館に所蔵されています。
カール=フレードリック・ヒル(1849-1911)は、数学教授の父の反対を押し切って画家を志しました。 1871年から1873年までストックホルムの美術アカデミーで学んだ後、1873年にはパリへと渡り、芸術活動に専念します。 フランス滞在中(1873-1877年)は非常に多作であり、パリ郊外のバルビゾンやモンティニー=シュル=ロワン、シャンパーニュ、ノルマンディーなど、各地を旅して制作を行いました。
ヒルはバルビゾン派やカミーユ・コローの影響を受けつつも、単なる自然主義的な模倣ではなく、「真実、すなわち本質的な心」を追求し、芸術には真実以外に目的はないと確信していました。 彼は移ろいゆく光や大気の効果を捉えることに情熱を注ぎ、特に印象派の技法を研究しました。 「花咲くリンゴの木」は、こうした彼の探求の表れであり、初夏の澄んだ陽光が、豊かに花を咲かせたリンゴの木の枝々を照らし出す様子が描かれています。 この時期、開花した果樹は、フランスで戸外制作に取り組むスウェーデン人画家たちの間で人気のモチーフでした。
1874年から1875年にかけて、ヒルは身内の不幸を経験し、またパリのサロンで自身の作品が相次いで落選したことから、精神的に不安定な状態に陥っていきます。 この頃から彼の制作はますます強度を増し、成功への圧倒的な要求と野心によって、自身を追い込むような状況でした。 この作品は、彼の精神状態が著しく悪化する直前の、緊迫した創造期に位置づけられます。
本作品はカンヴァスに油彩で描かれています。ヒルは1876年頃から印象派の影響を受け、より自由なスタイルで描くようになり、時にはパレットナイフで厚塗りの絵具を施すアンパスト技法を用いていました。 モネやドガといった印象派の画家の手法を綿密に研究し、光の移ろいや大気の繊細な質感を捉えようと努めています。 「花咲くリンゴの木」には、その日の光の描写に対する彼のこだわりが表れており、鮮やかな色彩と光の表現が特徴です。
「花咲くリンゴの木」自体に特定の象徴的な意味が深く込められているというよりは、当時のヒルの芸術哲学である「真実の探求」を、自然の生命力溢れる姿を通して表現しようとしたものと解釈されます。リンゴの花は一般的に、選択、知識、啓示、そして豊穣の果実を象徴することもありますが、この作品では、初夏の光を受けて輝く自然の美しさと生命力への賛歌が中心にあると考えられます。
ヒルの作品は、その「過激な傾向」のために、生前のパリ・サロンではほとんど受け入れられませんでした。 彼は生前に大きな成功を収めることはありませんでした。 1878年に重度の精神病発作に見舞われ、統合失調症と診断されたことで、28歳という若さで風景画家としてのキャリアを終えることになります。 その後、彼は大量の幻想的な素描を制作する「第二の創作期」に入り、これらの素描は、後にシュルレアリスムや表現主義、ポップアートなどの20世紀の芸術運動の先駆として評価され、ゲオルグ・バゼリッツをはじめとする多くの芸術家に影響を与えました。 「花咲くリンゴの木」のような彼の生前の油彩画も、20世紀に入ってからその価値が再認識され、現在ではスウェーデンの国立美術館に収蔵されるなど、重要な作品として評価されています。