マルクス・ラーション
東京都美術館開館100周年記念「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」展にて展示されている、マルクス・ラーションの油彩画「荒れ狂うボーヒュースレーンの海」についてご紹介します。
「荒れ狂うボーヒュースレーンの海」は、スウェーデンの画家マルクス・ラーションが1857年に制作した油彩画です。 キャンバスに油彩で描かれており、サイズは縦40cm、横52cmです。 現在はスウェーデン国立美術館に所蔵されています。
作者シメオン・マルクス・ラーションは、1825年にスウェーデンのエステルイェータランド県オートヴィーダベリの農場主の息子として生まれました。 父親の死後、ストックホルムで馬具職人として働いていた際、その絵の才能を見出され、1846年から1848年にかけてスウェーデン王立美術院の夜間コースで絵画を学びました。 その後、画家として生きることを決意し、ヘルシンボリで美術教師を務めました。
このヘルシンボリでの経験が、彼を海洋画へと導く大きな転機となります。 1849年にはコペンハーゲンでデンマークの海洋画家ヴィルヘルム・メルビューに師事し、海洋画の指導を受けました。 さらに1850年には北海への遠征にコルベット艦で同行し、海洋画の研鑽を積んでいます。 1852年にはドイツのデュッセルドルフで風景画家アンドレアス・アッヒェンバッハに師事し、風景画の技術を習得しました。 1855年から1858年までパリに留学し、17世紀オランダの風景画家ヤーコプ・ファン・ロイスダールの作品を模写するなどして研鑽を積んでいます。
ラーションの作品は、ドラマティックな表現で知られ、荒れ狂う空の下の河川や嵐の中の難破船などを主題とすることが多かったとされています。 「荒れ狂うボーヒュースレーンの海」も、こうしたラーションの芸術的関心と経験の延長線上に位置づけられる作品であり、ボーヒュースレーン地方の荒々しい海岸風景を通じて、自然の力強さと崇高さを表現しようとした意図がうかがえます。
本作品は油彩、カンヴァスという伝統的な絵画技法で制作されています。 ラーションはデュッセルドルフ派で学んだ風景画の技術と、海洋画の経験を融合させ、ドラマティックな情景を描き出すことを得意としました。 その筆致や色彩は、ロマン主義の様式に分類され、荒々しくも美しい自然の姿を力強く表現しています。
本作品が描かれたボーヒュースレーンの海岸は、スウェーデン西部に位置し、岩がちな地形と厳しい気象条件で知られています。ラーションは、この地を舞台に、荒れる海と空のドラマティックな光景を描き出しました。彼の作品全体に共通するテーマである、激しい気候や嵐の海、そしてそれに対峙する人間の姿(難破船など)は、自然の圧倒的な力と、それに対する畏敬の念を表現しています。 この作品は、自然の厳しさと、その中に見出す美しさを捉えるスウェーデン絵画の伝統に連なるものと解釈できます。
マルクス・ラーションは「スウェーデンの最も優れた19世紀の画家の一人」 、そして「スウェーデンのデュッセルドルフ派画家の中で最も傑出した人物」 と評される、スウェーデンを代表する画家の一人です。彼の作品は、そのドラマティックな表現から、当時のドイツのロマン主義美術の影響を受けつつも、スウェーデン独自の風景画の発展に貢献しました。
本作品「荒れ狂うボーヒュースレーンの海」がスウェーデン国立美術館に所蔵され、東京都美術館の開館100周年を記念する「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」展という大規模な展覧会で紹介されていることは、この作品がラーションの代表作の一つであり、スウェーデン美術史において重要な位置を占めていることの証と言えるでしょう。 ラーションの作品は、後に続くスウェーデンの画家たちが自国のアイデンティティを模索し、自然や日常の中に独自の輝きを見出す表現へと向かう流れの、前史を形成するものであったと考えられます。