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ヒナギクの花壇 Bed of Daisies

ギュスターヴ・カイユボット Gustave Caillebotte

オルセー美術館所蔵「印象派―室内をめぐる物語」展にて紹介されるギュスターヴ・カイユボットの「ヒナギクの花壇」は、画家の晩年における深い自然への傾倒と、印象派の新たな表現の可能性を示す重要な作品です。


ギュスターヴ・カイユボット「ヒナギクの花壇」作品紹介

この作品は、1892年から1893年にかけて制作された油彩画であり、カンヴァスに描かれています。ギュスターヴ・カイユボット(1848-1894)は、印象派の画家たちを経済的に支援したパトロンとしても知られますが、彼自身も独自の画風を確立した重要な画家です。

制作背景・経緯・意図

「ヒナギクの花壇」は、カイユボットが1888年にパリ郊外のプティ=ジェヌヴィリエに移り住み、熱心に庭園づくりに取り組んでいた晩年の作品群の一つです。彼は自宅の庭を「実験室」と称し、温室を建て、自動散水装置を設置するなど、クロード・モネにも匹敵するほどの園芸への情熱を注ぎました。

この作品は、彼自身の邸宅を飾るための壁面装飾として構想されました。特に食堂のドアを飾るためのものとされており、未完成のままカイユボットの死を迎えました。彼の意図は、鑑賞者を包み込むような没入感のある装飾空間を創り出すことにありました。これは、友人モネの「大装飾画」プロジェクトである「睡蓮」連作とも共通する、無限に広がる自然のイメージを室内にもたらす試みと言えます。

技法や素材

素材は油彩、支持体はカンヴァスです。本作品は単一の絵画ではなく、四連画(クアドリプティック)として構成されています。元々は一つの巻き物状のカンヴァスに描かれ、後に部分的に切断され、四つの独立したパネルとして展示されましたが、近年の研究と修復により、本来の連続した装飾としての姿が再構築されています。

カイユボットは、初期の都市風景画に見られるような精密な写実主義と強い遠近法に加え、晩年の庭園画では印象派らしい柔らかな筆致を取り入れています。本作においても、白いヒナギクを画面いっぱいに、俯瞰視点から描くことで、鑑賞者がまるで花の中に膝をついているかのような没入感を喚起する構図が用いられています。花々には厚塗りのインパスト(絵具の厚塗り)が施され、葉や背景にはより滑らかな筆致が用いられるなど、多様な筆遣いによって質感の表現が図られています。

作品が持つ意味

「ヒナギクの花壇」は、カイユボットの園芸への情熱と、自然への深い愛情を象徴する作品です。同時に、印象派の画家たちが室内空間を装飾芸術として捉え、自然の要素を取り入れようとした動向を反映しています。この作品が作り出す、始まりも終わりもないかのような無限に広がる花のイメージは、自然と室内、あるいは絵画と生活空間の境界を曖昧にする試みであり、鑑賞者を夢のような田園の世界へと誘うことを意図しています。

評価や影響

カイユボットは生前、富裕な家庭に生まれたため絵画を売る必要がなく、多くの作品が家族の手に残されたため、長らく印象派の「パトロン」としての側面が強調され、画家としての評価は限定的でした。しかし、20世紀後半、特に1970年代以降、彼の作品は再評価され、国際的な注目を集めるようになりました。

彼の晩年の庭園画、特に「ヒナギクの花壇」のような作品は、その大胆な構図や、自然をクローズアップして描く手法が、後の抽象表現主義の萌芽となる可能性を秘めていたと評されています。画面全体に広がる花々の描写は、モネの「睡蓮」に代表される、対象の細部よりも色彩と光の印象に焦点を当てる印象派の理念をさらに深化させ、現代美術における空間表現や没入体験の先駆けとしても位置づけられています。

「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」展では、この「ヒナギクの花壇」を通して、印象派が室内空間と装飾芸術にどのように関心を寄せ、革新的な表現を生み出したのかを垣間見ることができます。