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風景(タペストリーの下絵) Landscape, Project for a Tapestry

ピエール=オーギュスト・ルノワール Pierre-Auguste Renoir

ピエール=オーギュスト・ルノワール《風景(タペストリーの下絵)》に見る晩年の境地

本作品《風景(タペストリーの下絵)》は、印象派を代表する画家ピエール=オーギュスト・ルノワールが1912年頃に油彩でカンヴァスに描いたものです。オルセー美術館の所蔵作品であり、「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」展で展示されます。

制作背景、経緯、意図

本作品が制作された1912年頃は、ルノワールの晩年にあたります。彼はこの時期、重度の関節リウマチに苦しんでおり、絵筆を手に巻き付けて制作を続けるなど、身体的な困難と闘いながらも創作への情熱を失うことはありませんでした。温かい気候を求めて南フランスのカーニュに移り住み、そこで生涯を終えるまで絵を描き続けました。

晩年のルノワールは、初期の印象派的な表現や、一時的に傾倒した古典主義的な明確な輪郭線(いわゆる「アングル風」)から脱却し、独自の円熟した画風を確立しました。この時期のルノワールは、人物と風景を融合させ、それらが一体となったような作品を目指していたとされています。本作品のタイトルに「タペストリーの下絵」とあることからも、装飾的な目的や、平面的な統合性を持つ芸術作品としての意図がうかがえます。ルノワールは若い頃、磁器の絵付け職人として働き、扇子の装飾なども手掛けていた経緯があり、こうした装飾美術への関心が晩年の作品に異なる形で現れた可能性も考えられます。

技法と素材

素材は油彩、カンヴァスです。ルノワールの晩年の画風は、色彩の豊かさと、柔らかく輝くような筆致が特徴です。本作品においても、鮮やかな緑、ピンク、赤、紫といった暖色系の色彩が多用され、絵具をパレットで混ぜるのではなく、キャンヴァス上で直接並べるように配置する「色彩分割」に近い印象派の技法も用いつつ、より一体感のある画面を構成しています。細部の描写よりも、光の印象と色彩の響き合いを重視し、全体として幸福感あふれる穏やかな雰囲気を醸し出しています。こうした柔らかな筆致と豊かな色彩が、あたかも織物のような視覚効果を生み出し、「タペストリー」という言葉を想起させるのでしょう。

作品が持つ意味

「風景(タペストリーの下絵)」というタイトルは、本作品が単なる風景画としてだけでなく、特定の空間を飾るための装飾美術、あるいはそのための習作として構想された可能性を示唆しています。ルノワールは晩年、風景と人物が融合した、見る者を包み込むような作品を目指しました。たとえ人物が描かれていなくとも、この風景画には、ルノワールが生涯追求した「幸福」や「生命の歓び」といったテーマが色鮮やかな色彩と伸びやかな筆致を通して表現されていると考えられます。自然の光と色彩を捉え、それを再構築することで、観る者に安らぎと喜びをもたらす、独自の理想的な世界観を提示しています。

評価と影響

ルノワールの晩年の作品は、初期の印象派のスタイルや、中期のアングル風の作風とは異なるため、時に批評の対象となることもありました。しかし、その後の評価では、彼が病と闘いながらも新たな表現を追求し、独自の境地を切り開いた円熟期の作品として高く評価されています。本作品が「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」展のような大規模な企画展において、印象派の巨匠による重要な一点として展示されることは、その美術史的な価値と影響力の大きさを物語っています。ルノワールの晩年の作品群は、その後の世代の画家たちにも、生命の肯定と色彩の表現におけるインスピレーションを与え続けています。