オーディオガイド トップに戻る
0:00
0:00

ジョルジュ・ビベスコ公の邸宅設計案(断面図) Project for Prince Georges Bibesco's Hôtel, Cross-section

シャルル=ジュスタン・ル・クール Charles-Justin Le Cœur

オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語

シャルル=ジュスタン・ル・クール作 《ジョルジュ・ビベスコ公の邸宅設計案(断面図)》

本作品は、1870年から1872年にかけて、フランスの建築家シャルル=ジュスタン・ル・クールによって制作された「ジョルジュ・ビベスコ公の邸宅設計案(断面図)」です。オルセー美術館が所蔵するこの建築図面は、「印象派―室内をめぐる物語」展において、印象派の画家たちが探求した「室内」というテーマの背景を理解する上で重要な意味を持ちます。

制作の背景・経緯・意図 シャルル=ジュスタン・ル・クール(1830-1906)は、パリのエコール・デ・ボザールでアンリ・ラブルーストに学び、公共建築から個人の邸宅まで幅広く手掛けた建築家です。彼は特に教育省の建築家として、パリのコンドルセ、フェヌロン、モンテーニュ、ルイ・ル・グランといった多くの高等学校(リセ)の типологиーを確立しました。また、ヴィシー温泉保養地におけるカジノや劇場を含む施設群の設計は、彼のキャリアの頂点とされ、多色使いへの嗜好を強く示しています。ル・クールは、ヨーロッパの貴族階級や政治家、芸術家といったプライベートな顧客のためにも多くの作品を残しており、本作品もその一つです。

ジョルジュ・ビベスコ公(1834-1902)は、ワラキア公ゲオルゲ3世・ビベスコの子息にあたるルーマニア貴族で、将校、外交官、歴史家としても活躍しました。 ル・クールは、パリのラ・トゥール=モブール大通り22番地にあったビベスコ公の邸宅の設計を担当しました。 ル・クールの家族は印象派の画家オーギュスト・ルノワールと親交が深く、ルノワールはル・クールの肖像画を描き、またル・クール家はルノワールの初期のキャリアを支援したことでも知られています。 この画家との繋がりは、ル・クールが手がけた建築が、印象派の画家たちがその作品の舞台とした当時の社会、特に裕福なブルジョワ階級の生活様式と深く結びついていたことを示唆しています。

技法と素材 本作品は、1870年から1872年にかけて制作されました。使用されている素材は、鉛筆、黒インクのペン、水彩、淡彩、グアッシュ、そして紙に施された金のハイライトです。 このような詳細なレンダリングと複数の画材の組み合わせは、当時の建築図面が単なる機能的な設計図であるだけでなく、完成後の建物の美しさや空間の雰囲気を伝えるための芸術作品としての側面も持っていたことを物語っています。特に、金のハイライトは、ビベスコ公の邸宅が持つ豪華さや格式を表現する意図があったと考えられます。この断面図には、武器庫の暖炉、ギャラリー、そして建物の垂直方向の構造が詳細に描かれています。

作品の意味 この設計案は、19世紀後半のパリにおける上流階級の住宅建築の様式と、その中で育まれた生活文化を示す貴重な資料です。当時の建築家たちは、合理的な設計に加え、居住者の美意識や社会的地位を反映した空間を創造することを目指しました。ル・クールの合理主義的な建築アプローチ と、ビベスコ公のような貴族からの依頼は、この時代の建築が単なる機能性を超え、豊かな装飾性や象徴性を帯びていたことを示しています。

「印象派―室内をめぐる物語」展において、この建築図面が展示されることは、印象派が戸外の風景だけでなく、近代化する都市生活の情景、とりわけ室内空間に向けた関心にも深く根差していたことを示唆しています。 印象派の画家たちが描いた室内の肖像画や日常の情景、あるいは室内へと取り込まれた光や自然の描写は、ル・クールが設計したような実際の建築空間を背景としていました。この作品は、絵画作品に描かれた「室内」が、どのように構想され、実現されていったのかという、より広範な文化史的文脈を提示するものです。

評価と影響 シャルル=ジュスタン・ル・クールは、20世紀のモダニズム建築の巨匠ル・コルビュジエが、自身の初期のドローイングについて言及する際に彼の名を挙げたことからも、その影響力の一端をうかがい知ることができます。 彼の建築は、当時の社会構造や芸術動向と密接に結びつき、多くの公共施設や個人邸宅を通して、フランスの都市景観や生活様式を形成しました。特に印象派の画家たちとの交流は、建築と絵画という異なる芸術分野が、いかに同時代の文化的潮流の中で互いに影響し合っていたかを示すものとして、後世の美術史研究においても注目されています。