カミーユ・ピサロ Camille Pissarro
本記事では、オルセー美術館所蔵「印象派―室内をめぐる物語」展で展示されるカミーユ・ピサロの作品《収穫》についてご紹介します。
カミーユ・ピサロ(1830-1903)は、19世紀フランス印象派の重要な画家の一人です。彼は8回開催された印象派展すべてに参加した唯一の画家であり、「印象派の父」とも称される存在でした。ピサロは、パリや都市の風俗を描いた他の印象派画家とは対照的に、農村の自然とそこに暮らす人々の生活を主題としました。幼少期を過ごしたカリブ海のセント・トーマス島での大自然の体験が、その制作背景にあるとされています。
作品《収穫》は、1882年に制作されました。 この時期、ピサロはポントワーズに滞在しており、農民の生活や労働を多く描いていました。 1882年は、彼が参加した第7回印象派展が開催された年でもあり、この展覧会には36点のピサロの作品が出品され、そのうち27点がポントワーズ近郊の農民を描いたものでした。 《収穫》もこの第7回印象派展に出品された作品の一つです。
ピサロは、同時代の画家ミレーが農民の姿を劇的に理想化して描いたのに対し、農民の姿を誇張することなく日常的な姿態の中に描き出すことを意図しました。これにより、彼の農民像は真実味と親密さを伝えています。 彼は農民の労働を美化するのではなく、その厳しさや重要性を強調し、農業が持つ文化的価値を再認識させる作品を手がけました。 この作品は、広がる麦畑で働く人々の姿を通して、労働の尊厳や人間と自然との調和を表現しています。
《収穫》は、テンペラ(détrempe)/カンヴァスという技法と素材で制作されています。 縦70.3cm、横126cmの横長のカンヴァスに描かれています。
「テンペラ(détrempe)」という表記は、展覧会のカタログにも記載されていましたが、具体的にどのようなメディウムが使用されているかは長らく不明でした。2010年度に国立西洋美術館で行われた科学調査により、この作品の地塗り層と彩色層のメディウムが「膠(にかわ)」であることが判明しました。 したがって、正確には「膠テンペラ(glue tempera)」と表記することが適切であるとされています。 地塗りには膠をメディウムとする白色2層の水性地塗りが施されており、上層は鉛白と炭酸カルシウムの混合、下層は石膏のみ、もしくは石膏と炭酸カルシウムの混合であることが分かっています。 ピサロは地塗り塗布済のカンヴァス布を購入して使用していた可能性も示唆されています。
ピサロの印象派としての技法は、光と色彩の巧妙な使い方に表れています。彼は短い筆致を用いて色を重ね合わせることで独特の質感を生み出し、太陽の光が麦に反射して黄金色に輝く様子や、背景の空や木々を色のグラデーションで柔らかく表現し、全体の調和を生み出しています。 人物と自然の対象を描く際のタッチにほとんど違いが見られない点も特徴です。
《収穫》は、19世紀後半のフランスにおける急速な産業化と都市化の中で、失われゆく農村の風景とそこに生きる人々の営みを記録し、その価値を問いかける作品です。 農作業者の表情には誇りと満足感が感じられ、彼らが仕事に抱く感情が伝わってきます。 この作品は、単なる農作業の描写に留まらず、労働の尊厳や人間関係の重要性、そして自然と共生する生活の詩情豊かな讃歌として意味を持っています。
ピサロは、印象派の中でも最年長で人望が厚く、セザンヌやゴーギャンといった若い画家たちを励まし、指導する立場でもありました。 美術史家ジョン・リウォルドはピサロを「印象派画家の学長」と評しています。 《収穫》は、ピサロが本格的に取り組んだ人物画の一つであり、この時期の探求的表現と完成度を示す作品として、彼の制作活動における節目をなすものと評価されています。 また、多くの習作が残されていることからも、彼がこの作品に深い探求を重ねたことがうかがえます。
《収穫》は、旧松方コレクションとして松方幸次郎氏の御遺族より国立西洋美術館に寄贈され、現在も同館に所蔵されています。