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タイル 「船着場」 The Embarcadere

カミーユ・ピサロ Camille Pissarro

オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語

カミーユ・ピサロ 《タイル 「船着場」》 1880年

本作品は、印象派の創設者の一人であり、「印象派の父」とも称されるカミーユ・ピサロが1880年に制作した陶器のタイル「船着場」です。この作品は「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」展で展示されており、印象派の画家たちが戸外の風景描写にとどまらず、室内や装飾芸術にも関心を抱いた一側面を示しています。

制作背景と意図 1880年頃、カミーユ・ピサロは、自身の芸術に行き詰まりを感じ、絵画の新しい主題や方法を模索し始めていました。この時期は彼の経済状況も不安定であり、より簡単に販売できる陶器のタイルに絵を描くこともあったとされています。これは、芸術家としての探求と生活の糧を得るための現実的な選択が交差する状況を反映しています。 また、19世紀後半のフランスでは、日本の美術品や工芸品が西洋美術界に大きな影響を与え、ジャポニスム(日本趣味)が流行していました。印象派の画家フェリックス・ブラックモンをはじめ、多くの芸術家が日本美術からインスピレーションを受け、伝統的な西洋陶磁器に新しい色彩やテクスチャーを取り入れるなど、陶芸分野においても革新が起こっていました。ピサロがこの時期に陶器を手がけた背景には、こうした時代の潮流や、新しい表現媒体への関心があったと考えられます。

技法と素材 本作品は「陶器、釉下彩(ゆうかさい)」という技法で制作されています。釉下彩とは、陶器の素焼きされた表面に、コバルトや鉄、銅などを含んだ顔料で下絵を描き、その上から透明な釉薬をかけて高温で焼成する技法です。この技法により、絵付けされた文様が釉薬の下に閉じ込められるため、半永久的に消えることがなく、水分の浸透も防がれます。 釉下彩は、焼成によって顔料が発色するため、多彩な色使いや微妙なグラデーション、やわらかい表現が可能となる一方で、顔料の微妙な配合や温度調整によって色が変わってしまうため、非常に難しい技法とされています。ピサロがこの技法を用いたことで、絵画とは異なる素材の特性を生かした、深みのある色彩と質感表現を追求したと推察されます。

作品の意味 作品名「船着場(The Embarcadere)」が示す通り、港や水辺の風景が描かれたタイルであると考えられます。ピサロは生涯にわたって田園風景や農民の生活を描くことを得意としていましたが、晩年にはパリやルーアン、ル・アーヴルなどの都市風景、特に窓からの眺めや港の情景を描く「都市シリーズ」を手がけました。1880年のこの作品は、彼の主要な都市シリーズが始まる前の時期に位置しますが、都市や港といった日常の情景に目を向け、その光と大気の変化を捉えようとする印象派の画家の関心を示すものと言えるでしょう。陶器という日常的な素材に、近代的な港の活気ある情景を表現することは、絵画の枠を超えた芸術の可能性を追求するピサロの姿勢を表しています。

評価と影響 カミーユ・ピサロは、印象派展の全8回全てに参加した唯一の画家であり、その温厚な性格からグループのまとめ役としても重要な役割を果たしました。また、ポール・セザンヌ、ポール・ゴーギャン、ジョルジュ・スーラといった後進の画家たちにも多大な影響を与え、「印象派の父」と称されることもあります。 彼の陶器作品は、絵画作品ほど広く知られてはいませんが、印象派の画家たちが絵画以外の媒体にも表現の場を広げたことを示す貴重な事例です。印象派が100周年を迎えた1974年には、「印象派の陶磁器」展が開催されるなど、彼らが陶磁器に与えた影響や、絵画と並行して発展を遂げた陶磁器の創造の時代が再評価されるきっかけとなりました。このタイルは、ピサロの多角的な芸術活動と、印象派が当時の装飾芸術や時代の潮流にどのように関わっていたかを理解する上で重要な意味を持つ作品と言えるでしょう。