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「セルヴィス・ランベール=ルソー」より平皿 佐州塚原雪中 Plate with Nichiren in the Snow at Tsukahara on Sado Island from the "Lambert-Rousseau" Service

アンリ・ランベール(絵付) ウジェーヌ・ルソー(企画販売) Henri Lambert (decorator) Eugène Rousseau (produced by)

「セルヴィス・ランベール=ルソー」より平皿 佐州塚原雪中

本作品は、1873年から1875年にかけてフランスで制作された「セルヴィス・ランベール=ルソー」の一部であり、絵付師アンリ・ランベールと企画販売者ウジェーヌ・ルソーの共同制作によって生まれました。現在は「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」展で展示されています。

制作背景と意図

19世紀後半のフランスでは、日本の開国後に開催された1867年のパリ万国博覧会を契機に、日本の美術品や工芸品が紹介され、「ジャポニスム」と呼ばれる日本趣味が大流行しました。知的階級や芸術家を中心に日本の美意識への関心が高まり、美術、工芸、ファッションなど多岐にわたる分野に影響を与えました。

陶磁器・ガラス製品の販売を手掛けていたウジェーヌ・ルソーは、このジャポニスムの潮流に早くから着目しました。彼は1866年に画家・版画家フェリックス・ブラックモンに依頼し、浮世絵の図案を取り入れた「セルヴィス・ルソー」を制作し、大きな成功を収めます。 この成功により、日本のモチーフを用いた食器の需要が急速に高まり、ルソーはさらなる供給のため、セーヴル国立製陶所の装飾画家であったアンリ・ランベールに新たな食器セットの制作を依頼しました。 これが「セルヴィス・ランベール=ルソー」です。ランベールはジャポニストとして知られ、日本の画譜や浮世絵から図案を借用し、一点ずつ手描きで彩色する装飾品としての絵皿を追求しました。 これにより、従来の食器が実用品であったのに対し、本作のようなジャポニスムの陶器は、価値ある美術品として珍重されるようになりました。

技法と素材

本作品は、陶器の中でも特に上質な「精ファイアンス(Earthenware, fine faience)」を素材としています。 装飾技法には「釉下彩(painted underglaze decoration)」が用いられており、絵付師アンリ・ランベールが自ら図案を描き、手描きで彩色を施しています。 先行する「セルヴィス・ルソー」が銅板転写という印刷技術を用いて大量生産されたのに対し、 「セルヴィス・ランベール=ルソー」は手描きである点が大きな特徴です。この手描きの技法は、ランベールに日本の浮世絵が持つ絵画的な表現を陶器の上で追求することを可能にしました。

作品の意味

本作品の作品名「佐州塚原雪中」は、日本の歌川国芳の浮世絵に見られる「佐州塚原雪中」(日蓮聖人が佐渡に流刑され、塚原の雪中に立つ姿を描いたもの)をモチーフにしている可能性が高いとされています。 このように日本の歴史的、宗教的な主題を西洋の食器に採用したことは、当時のヨーロッパにおける日本への強い関心と、異文化に対する解釈を明確に示しています。

また、日本の浮世絵から影響を受けた左右非対称の構図や、余白を活かした配置は、それまでの西洋陶磁器の伝統にはない斬新な表現として受け入れられました。 これらの要素は、単なる異国趣味に留まらず、西洋美術の新たな表現の可能性を広げるものとして評価されました。

評価と影響

「セルヴィス・ランベール=ルソー」は、当時のパリで非常に高い人気を博し、詩人ステファヌ・マラルメが「これまで目にしたものの中で最も美しい食器だ」と評した先行の「セルヴィス・ルソー」と同様に、美術的な価値を持つものとして評価されました。

本作品は、19世紀のフランスにおけるジャポニスムの進展を示す重要な装飾美術品の一つと見なされています。その手描きによる繊細な筆致と色彩は、見る者を魅了し、実用品としての食器に芸術的価値を付与するという点で、後世の装飾芸術にも影響を与えました。 オルセー美術館の重要なコレクションとして、また「フランスが夢見た日本」展(東京国立博物館との共同企画)のような国際的な展覧会でも紹介されており、ジャポニスム研究において不可欠な作品として、その歴史的・芸術的価値が広く認識されています。