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「セルヴィス・ルソー」より平皿 鶏に蛙 Plate with Hen and Frog from the "Rousseau" Service

フェリックス・ブラックモン (図案・版刻) ウジェーヌ・ルソー(企画販売) Félix Bracquemond (designer) Eugène Rousseau (produced by)

オルセー美術館所蔵「印象派―室内をめぐる物語」展より、フェリックス・ブラックモンが図案・版刻を手がけ、ウジェーヌ・ルソーが企画販売した「セルヴィス・ルソー」から「平皿 鶏に蛙」をご紹介します。この作品は1867年頃に制作された陶器で、日本美術が西洋美術に与えた影響、いわゆるジャポニスムの初期の代表例として知られています。


制作の背景・経緯・意図

この「セルヴィス・ルソー」は、陶磁器の製作・販売業者であったウジェーヌ・ルソーが、当時著名な画家・版画家であったフェリックス・ブラックモンに依頼したことから始まりました。制作は1866年頃とされています。ブラックモンは、日本の木版画、特に葛飾北斎の『北斎漫画』や歌川広重の浮世絵に深く魅せられ、これらの作品から多くの着想を得ました。彼は、日本の美術が持つ「左右非対称性」や「大きな余白」といった要素を、当時のヨーロッパ美術に新鮮な視覚言語として取り入れることを意図しました。

ルソーとブラックモンの目的は、伝統的な陶磁器の枠を打ち破り、日本美術や同時代の印象派絵画を手本とすることで、新しい色彩やテクスチャーを追求し、フランスの陶芸に革新をもたらすことにありました。この食器セットは、1867年のパリ万国博覧会に出品されると大きな評判を呼び、その後も1878年、1898年の万博で紹介され、大成功を収めました。

技法や素材

「平皿 鶏に蛙」は、精ファイアンスと呼ばれる陶器を素材としています。具体的には、淡黄色の土の上に錫釉(すずゆう)をかけた白いファイアンス陶器が用いられています。

制作技法には、銅版転写と絵付け、そして釉薬が用いられました。ブラックモンが描いた絵柄は、まず紙に刷られ、その絵柄がパーツごとに切り取られます。これを白いファイアンス陶器の表面に配置し、窯で焼成します。高温の窯の中で紙は燃え尽き、絵の輪郭線だけが陶器に残ります。その後、職人がその輪郭線に沿って鮮やかな色彩で絵付けを施し、再び焼成することで、完成に至りました。この手法は、版画と同じような技法で陶器を製作する画期的な試みでした。皿の縁に見られる紺や水色の刷毛目模様は、当時のフランスやイギリスの磁器に伝統的なデザインを取り入れたものです。

意味合いと評価・影響

この作品を含む「セルヴィス・ルソー」は、ヨーロッパにおけるジャポニスムの展開において極めて重要な位置を占めています。それまで実用品として認識されていた陶器に、芸術的な価値を与え、珍重される芸術品へと昇華させたという点で、大きな意味を持っています。

また、「セルヴィス・ルソー」は、個々の食器が異なる絵柄を持つという日本の美術様式を取り入れました。この斬新なアイデアは、当時の新興ブルジョワジーの間でステータスシンボルとなり、人気を博しました。

その評価は当時から高く、フランスの詩人ステファヌ・マラルメは1871年に「これまで目にしたものの中で最も美しい食器だ」と絶賛しています。1866年から始まり、1930年代初頭まで約50年以上にわたって継続的に生産されたことからも、その影響力と人気がうかがえます。この一連の作品は、日本の釉薬や生地といった素材への関心を高め、東洋の釉薬技術がヨーロッパの陶芸に影響を与えるきっかけとなり、フランス陶芸史に大きな革新をもたらしました。今日においても、オルセー美術館がそのコレクションに加えるなど、美術史におけるその価値は再認識され、国内外の展覧会で紹介されています。