メアリー・カサット Mary Cassatt
オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語
メアリー・カサット(1844-1926)は、フランス印象派の画家として活躍したアメリカ出身の女性画家です。裕福な家庭に生まれ、フィラデルフィアで絵画を学んだ後、パリへと渡りました。1877年にエドガー・ドガと出会い、彼の勧めを受けて印象派展に参加するようになります。カサットは、特に女性と子どもの日常生活を題材にした作品を多く手掛け、「母子像の画家」として知られています。
本作《団扇を持つバラ色の服の女》は、1889年頃に制作されました。この時期のカサットは、日本の浮世絵から多大な影響を受けていたことで知られています。特に1890年にパリのエコール・デ・ボザールで開催された浮世絵展で、喜多川歌麿や鳥居清長の作品に深く感銘を受け、平面性や斬新な構図、形態の単純化といった浮世絵の要素を自身の絵画や版画制作に取り入れました。カサット自身も浮世絵版画を収集していたとされています。
この作品に描かれている「団扇」は、日本の芸術、いわゆるジャポニスムの影響を示す具体的なモチーフの一つです。女性の室内での何気ない瞬間を捉えつつ、異文化の要素を取り入れることで、当時のヨーロッパにおける日本趣味の高まりと、カサット自身の芸術的探求が示されています。
この作品は、パステルと紙を用いて制作されています。カサットはパステル画の卓越した使い手であり、子どもを描くのに最も適した画材としてパステルを高く評価していました。パステルは素早い描写が可能であるため、動きのある子どもや人物の一瞬の表情を捉えるのに適していたからです。ドガからもパステル技法を学んだカサットは、この画材の特性を最大限に活かし、光の効果や色彩の繊細なニュアンスを表現しました。
本作では、限りなく深い美しいブルーを背景に、淡いピンクのドレスを着た若い女性が座る姿が描かれています。モデルの右手から胸元にかけてのブルーの影や、テーブルと花瓶の配置、そして扇やテーブルの縁に見られる竹のようなモチーフには、印象派的要素と日本的な絵画の諸要素が融合していることが見て取れます。この作品は、カサットが優れた色彩画家(コロリスト)としての才能も持ち合わせていたことを示しています。
《団扇を持つバラ色の服の女》は、カサットが描いた女性たちの日常的な一コマでありながら、ジャポニスムの影響を色濃く反映している点で重要な意味を持ちます。彼女の作品に登場する人物は、往々にして内省的な表情を見せ、見る者に思索を促します。
カサットは、アメリカで印象派を普及させた功労者としても評価されています。彼女は裕福な友人たちに印象派作品の購入を勧め、アメリカにおける印象派の受容に大きく貢献しました。この作品に見られるパステル技法の巧みさや色彩感覚、そして日本趣味の取り入れ方は、カサットの芸術家としての独自の地位を確立する一助となりました。カサットが日本の浮世絵から学んだ平坦な画面構成や大胆なクローズアップ構図は、彼女の作品に新たな視点をもたらし、その後の画業にも大きな影響を与え続けました。