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別れの手紙 The Break-up Letter

アルフレッド・ステヴァンス Alfred Stevens

オルセー美術館所蔵 印象派—室内をめぐる物語

アルフレッド・ステヴァンス《別れの手紙》

本作品は、ベルギー出身の画家アルフレッド・ステヴァンス(1823-1906年)が1867年に油彩でカンヴァスに描いた「別れの手紙」です。優雅な近代女性を描いた作品で知られるステヴァンスの代表作の一つであり、現在開催中の「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」展にて展示されています。

制作背景と意図

アルフレッド・ステヴァンスは、ブリュッセルで学び、その後パリでロマン派の画家カミーユ・ロクプランに師事しました。キャリアの初期はアカデミックな傾向にありましたが、1860年代には優美な女性の人物画で人気を博しました。彼は「物語性を持たせた美人画」を多く手掛け、特に手紙を読む女性や、手紙によってもたらされるニュースに動揺する女性の姿を繰り返し描いています。本作品もまた、恋人からの別れの手紙を受け取り、悲しみに耐える若い女性の姿を描写しており、観る者にその内面的なドラマを想像させます。

この作品は、19世紀後半のパリにおける上流階級の女性の日常、そして彼女たちが抱える感情の機微を捉えることを意図しています。当時の社会は近代化が進み、個人の内面や私的な空間への関心が高まっていました。ステヴァンスは、こうした時代精神を反映し、女性の繊細な心理状態を写実的に描き出すことに長けていました。

技法と素材

使用されている素材は油彩とカンヴァスです。ステヴァンスの作品は、その写実的な作風と丁寧な仕上げが特徴です。特に、17世紀オランダの風俗画の影響が見られ、緻密な描写によって人物や室内の細部がリアルに表現されています。

本作品において特筆すべき技法の一つは、ジャポニスム(日本趣味)の影響です。若い女性の背後には、日本の大きな金屏風が立てられています。この屏風は単なる装飾としてだけでなく、「仕切り」としての役割を果たし、女性がいる空間を息苦しいほど狭く、かつ個人的なものとして演出しています。 このような屏風の挿入は、西洋絵画における空間表現に新たな示唆を与え、当時のジャポニスムの広がりを象徴するモチーフとなっています。 彼の筆致は、1870年代には既に印象派風の傾向を示しており、光の表現への関心もうかがえます。

作品の持つ意味

《別れの手紙》は、一通の手紙によって人生の一場面が決定づけられる瞬間の、女性の孤独と悲哀を深く表現しています。頬に手を当て、暗い部屋の片隅に佇む女性の姿は、人目を忍ぶような私的な感情の揺れ動きを示唆しています。 背後の金屏風によって作り出された囲われた空間は、彼女の感情が外界から隔絶された、内密なものであることを強調し、近代的な「個人的空間」の感覚を視覚化しています。 この作品は、近代社会における女性の感情の複雑さや、日常生活の中に潜むドラマを深く掘り下げた点で、当時の人々に共感を呼びました。

評価と影響

アルフレッド・ステヴァンスは、1863年にフランス政府からレジオンドヌール勲章を受勲し、本作品が制作された1867年にはパリ万国博覧会で一等勲章を受章するなど、当時の画壇で高い評価を得ていました。 彼はエドゥアール・マネやエドガー・ドガといった印象派の画家たちとも交流があり、彼らの作品にも影響を与えました。

特に、本作品に見られるような日本美術からの影響、すなわちジャポニスムの導入は、当時のヨーロッパ美術において重要な潮流となり、多くの画家に影響を与えました。日本の屏風を絵画の重要なモチーフとして取り入れた点では、ジェームズ・マクニール・ホイッスラーらとも共通しています。

現在、「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」展に選定されていることは、光あふれる戸外の風景画という印象派のイメージに留まらない、室内を主題とした印象派とその周辺の画家たちの探求を浮き彫りにする上で、本作品が極めて重要な意味を持つことを示しています。