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『ある家屋の歴史』の壁布草案 Project of Painted Fabric for "Story of a House"

ウジェーヌ・ヴィオレ=ル=デュック Eugène Viollet-le-Duc

ウジェーヌ・ヴィオレ=ル=デュックによる『ある家屋の歴史』の壁布草案

この作品は、19世紀フランスの建築家であり建築理論家、そして修復家であったウジェーヌ・ヴィオレ=ル=デュックが1873年以前に制作した『ある家屋の歴史』の壁布草案です。鉛筆と水彩を用いて紙に描かれたこの作品は、彼の建築思想が室内装飾にも及んでいたことを示しています。

制作背景・経緯・意図 ウジェーヌ・ヴィオレ=ル=デュックは、19世紀フランスにおいて、伝統的な建築教育機関であるエコール・デ・ボザールの教育方法に批判的でした。彼は独学で中世建築を深く研究し、特にゴシック建築の構造を合理的に解釈する「構造合理主義」の理論を確立しました。彼の主要な著書には『フランス建築事典』や『建築講話』があり、これらの著作を通じて、建築は理性と科学に基づき、構造と材料を正直に表現すべきであると主張しました。彼は単なる様式の模倣に留まらず、ゴシック建築から導き出される合理的原理を現代の建築に応用することを目指しました。

『ある家屋の歴史』は、ヴィオレ=ル=デュックが一般の人々に向けて、建築の原理を分かりやすく解説するために著した教育的な書物と考えられています。この書籍では、架空の家屋がどのように計画され、建設され、そして住まわれるかという物語を通じて、建築の構造、機能、そして装飾に至るまで、彼の包括的な設計思想が示されたと推測されます。この壁布草案は、その「ある家屋」の室内を彩るための具体的なデザインとして制作されたものであり、彼の建築理論が建物全体だけでなく、その細部の装飾にまで一貫して適用されるべきだという意図が込められています。彼は装飾を単なる表面的な飾りとは捉えず、建築の構造や機能、そして特定の場所の目的と調和し、論理的な理由を持つべきだと考えました。

技法と素材 本作は、鉛筆と水彩という技法で紙に描かれています。鉛筆によって緻密な線描が施され、その上に水彩で色彩が加えられることで、壁布の質感や模様が具体的に表現されています。当時の建築家やデザイナーがアイデアを視覚化するために頻繁に用いた手法であり、細部へのこだわりと、完成後の空間を明確にイメージさせるための表現力が特徴です。

作品の意味 この壁布草案は、ヴィオレ=ル=デュックの構造合理主義の思想が、建築の内部空間、特に装飾芸術にどのように適用されたかを示す重要な事例です。彼にとって、装飾は建築の論理の一部であり、表面を覆うだけの無意味な装飾とは一線を画しました。このデザインは、おそらく中世のモチーフや幾何学的なパターンを合理的に解釈し、秩序だった形で構成されていると推測されます。それは、彼の理想とする「真実の建築」が、機能的であると同時に、美しく、かつ論理的な装飾によって完成されるという彼の信念を体現しています。

評価と影響 ヴィオレ=ル=デュックは、その合理的かつ科学的な建築理論により、後の世代の建築家たちに多大な影響を与えました。彼の思想は、アール・ヌーヴォーの建築家たち、さらにはフランク・ロイド・ライトやルイス・サリヴァンといった近代建築の巨匠たちにも影響を及ぼしたとされています。彼がゴシック建築を単なる懐古趣味ではなく、近代的な機能美へと繋がる構造合理性として捉えたことは、20世紀のモダニズム建築運動の思想的バックボーンの一つとなりました。

本作品は、「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」展に展示されています。印象派の画家たちが戸外の光を捉える一方で、19世紀後半のパリにおいて重要性を増した「室内空間」や「装飾美術」にも深い関心を寄せていたことを示す本展において、ヴィオレ=ル=デュックの作品は、建築家からの視点による室内装飾のあり方を示すものとして、その文脈に位置づけられています。 印象派の作品が描く同時代の多様な室内表現の中で、彼の理性的で秩序あるデザインは、時代精神の一端を垣間見せる貴重な存在と言えるでしょう。