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花瓶にいけられた菊 Chrysanthemums in a Vase

アンリ・ファンタン=ラトゥール Henri Fantin-Latour

オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語より アンリ・ファンタン=ラトゥール作 《花瓶にいけられた菊》

現在開催中の「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」展にて展示されている、アンリ・ファンタン=ラトゥール(1836-1904)による《花瓶にいけられた菊》(1873年)は、静謐な美しさと卓越した技法が融合した油彩画です。この作品は、印象派の画家たちとも交流しつつ独自の道を歩んだ画家の、静物画における円熟期を示しています。

作品の背景・経緯・意図

アンリ・ファンタン=ラトゥールは、19世紀フランスを代表する画家の一人であり、肖像画、静物画、そして寓意的な構想画の三つのジャンルで知られています。彼はグルノーブルで画家の父のもとに生まれ、後にパリへ移り、エコール・デ・ボザールで学んだほか、ギュスターヴ・クールベのアトリエでも制作を行いました。マネ、モネ、ドガ、ルノワールといった印象派の画家たちと親交があり、彼らの新しい絵画表現への挑戦には理解を示していましたが、自身は印象派の表現様式には従わず、主にアトリエで作品を制作し続けました。

特に彼の花を描いた静物画は、1864年頃から英国で高い評価を獲得し、画家の主要な収入源となりました。ファンタン=ラトゥールは、アトリエで背景を無地に設定し、花々を注意深く配置して構図を組み立てました。妻が庭で育てた花を活けて、それを描くこともよくありました。本作《花瓶にいけられた菊》は1873年に制作され、オルセー美術館に所蔵されています。この作品に見られるように、彼は特定の花に合う花瓶を選ぶなど、細部にまでこだわって作品世界を構築しました。

技法や素材

本作は油彩でカンヴァスに描かれています。ファンタン=ラトゥールの静物画は、個々の花をほぼ写真のように精緻に描写する一方で、ドラマティックな輝きを与え、非現実的なまでの光の効果を生み出している点が特徴です。彼は緻密な筆致と繊細な色彩を駆使し、絵具を重ねる技術やパレット上での色の選び方にも独自のこだわりがありました。

作品では、花瓶に活けられた様々な色合いの菊が、乱雑でありながらも調和の取れた状態で、暗い背景に対して配置されています。花瓶は背景に溶け込むように描かれ、その結果、花が闇の中に浮かび上がっているかのような印象を与えます。このように、花の有機的な部分を細部まで丁寧に描き込む一方で、花瓶や背景といった無機的な部分を淡く、あるいは抽象的に描くことで、生命の輝きを際立たせる手法を用いています。その描写は、一つ一つの花弁が輝き、ボリューム感と立体感をもって画面から飛び出してくるように見えます。

作品が持つ意味

ファンタン=ラトゥールにとって、静物画、特に花を描くことは、構図の「ハーモニー」を探求する場であり、「インスピレーションの源としての花の持つ途方もない可能性」を追求するものでした。

《花瓶にいけられた菊》に描かれた菊は、繊細でありながらも力強さを秘めており、まるで画面の中に永遠の生命が宿っているかのような印象を与えます。画家は、細い花弁の一枚一枚までをも見えるように描くことで、菊の持つ純粋な美の本質を捉えようとしました。この作品は単に花を描いただけでなく、「時間」と「生命」そのものを描いていると解釈できます。彼の音楽に対する情熱から、こうした花の組み合わせを「ハーモニーの研究」と捉える見方も存在します。

評価や影響

ファンタン=ラトゥールは、1864年頃からその花を描いた作品で「絶大な名声」を確立しました。彼の静物画や肖像画は、写実主義的な側面を持つ一方で、神話画には象徴主義的な要素も見られましたが、彼は特定の流派に縛られることなく独自のスタイルを貫きました。

本作品が展示されている「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」展は、印象派が屋外の風景だけでなく、室内空間に向けた関心と表現上の挑戦を辿ることをテーマとしています。ファンタン=ラトゥールは純粋な印象派画家ではありませんが、この展覧会に彼の作品が複数展示されていることは、当時の芸術家たちの交流と、印象派が探求したテーマの多様性を示すものと言えるでしょう。彼の作品は時代を超えて多くの人々に愛されており、その精緻な筆致と繊細な色彩を用いた技術は、現代の画家やイラストレーターにも影響を与え続けています。