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読書テーブル Reading Table

トーネット兄弟社 Thonet Frères

オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語: トーネット兄弟社 《読書テーブル》

オルセー美術館所蔵の「印象派―室内をめぐる物語」展にて展示されるトーネット兄弟社の《読書テーブル》は、19世紀後半の家具デザインにおける革新と、当時の室内空間における生活様式の変化を象徴する作品です。本作品は1873年から1888年の間に原型が作られました。

背景・経緯・意図 トーネット兄弟社は、ミヒャエル・トーネットが1819年に家具職人として独立したことに始まります。彼は、木材を蒸気で加熱して曲げる「曲木(ベントウッド)」技術を開発し、家具製造に革命をもたらしました。1853年には5人の息子たちに事業を譲渡し、「トーネット兄弟社」と社名を変更しました。ミヒャエル・トーネットは1871年に亡くなりますが、彼の息子たちが経営を引き継ぎ、同社はブナ材の豊富なチェコに工場を移転させ、世界初の家具量産工場を設立します。これにより、家具は貴族の特権から、ブルジョワジーや一般市民も手にできるものへと変わっていきました。この《読書テーブル》が制作された1873年から1888年の期間は、トーネット兄弟社が世界的な企業へと発展し、その曲木家具が広く普及した時代にあたります。 本作品は、近代化が進む19世紀後半のパリにおいて、室内で過ごす時間や読書という行為がより重視されるようになった時代背景を反映していると考えられます。印象派の画家たちが戸外の風景だけでなく室内空間にも目を向け、活気に満ちた都市生活や私的な情景を描写したように、このテーブルもまた、当時の「室内をめぐる物語」の一部を形成する重要な調度品でした。

技法と素材 この《読書テーブル》には、トーネット兄弟社の象徴的な技術が凝縮されています。主要な素材はブナ材と合板で、これらは彼らが確立した曲木加工によって優美な曲線を描いています。 曲木加工とは、ブナの無垢材を水蒸気で熱して柔らかくし、鉄枠(治具)に沿って曲げて形状を固定する技術です。これにより、従来の家具には見られなかった軽快でエレガントな曲線デザインが実現され、同時に強度も高まりました。 また、薄い木板を接着して曲げる成形合板の技術も、トーネット社が開発したものです。 表面には黒色の着色が施され、さらに「熱転写による模造寄木象嵌(フェイク・マーキトリー)」が用いられています。寄木象嵌(マーキトリー)は伝統的に異なる種類の木材を嵌め込んで模様を作り出す技法ですが、この「模造寄木象嵌」は、その装飾的な効果を熱転写という技術によって再現したものです。これは、手作業に頼っていた複雑な装飾を、工業的な手法で効率的かつ均一に大量生産するトーネット社の理念と合致しています。

意味と評価・影響 トーネット兄弟社の家具は、単なる機能的な道具にとどまらず、19世紀の生活様式とデザイン思想に大きな影響を与えました。彼らの家具は、これまでの重厚で彫刻的な貴族向けの家具とは異なり、軽く、丈夫で、優雅でありながらも安価であったため、新しい時代の市民階級に広く受け入れられました。 この《読書テーブル》も、そうした近代化の流れの中で、日常の生活空間における美と機能性を追求した製品の一つです。そのシンプルでありながら洗練されたデザインは、後のモダニズム建築やバウハウスのデザイン運動にも影響を与え、20世紀の家具のあり方を方向付けたと言われています。 「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」展において、この《読書テーブル》は、印象派の画家たちがキャンバスに捉えた近代的な室内空間と、そこで営まれた人々の生活を、立体的に補完する重要な存在として位置づけられています。絵画作品と共に展示されることで、当時の室内の雰囲気や、人々の暮らしに寄り添う家具の役割、そしてデザインと社会の関わりを深く考察する機会を提供するでしょう。