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入浴 The Bath

アルフレッド・ステヴァンス Alfred Stevens

オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語

アルフレッド・ステヴァンス《入浴》

本作品は、1873年から1874年にかけて制作されたベルギーの画家アルフレッド・ステヴァンスによる油彩画《入浴》です。優雅な近代女性を主な主題とした作品で知られるステヴァンスは、この作品において、女性の私的な空間である浴室という親密な場面を描き出しています。作品は油彩によりカンヴァスに描かれています。

制作背景と意図

アルフレッド・ステヴァンス(1823-1906年)は、ベルギーのブリュッセルで生まれ、後にパリで活動した画家です。彼のキャリア初期には、社会の現実を描写する社会派リアリズムの作品で注目を集めましたが、1850年代半ばからは、上流階級の洗練された女性たちを題材とするようになり、これが彼の代名詞となりました。ステヴァンスは、オランダの巨匠であるガブリエル・メツーやヘラルト・テル・ボルフらの作品から影響を受け、写実的で滑らかな描写技法を磨きました。彼は、印象派の画家たちが後に採用することになる、屋内の情景を描くジャンルを先駆けて確立し、完成度を高めた画家の一人とされています。

《入浴》は、そうしたステヴァンスの優美な女性像の探求の一環として制作されました。当時のパリの富裕層の女性、いわゆる「ドゥミ=モンデーヌ(半上流階級の女性)」がモデルとされており、彼女たちの日常における内省的な瞬間や親密な情景を捉えることに画家の意図がありました。

技法と素材

本作品は油彩でカンヴァスに描かれています。ステヴァンスは、その写実的な作風と丁寧な仕上げで知られており、特に、描かれる女性の衣服や室内装飾の豪華な素材感を精緻に表現する能力に優れていました。本作においても、浴槽の水面の質感や肌の滑らかさ、光の反射などが緻密に描き込まれています。

作品の意味

《入浴》は、浴槽につかる女性を描いていますが、単なる入浴の情景以上の意味を含んでいます。女性は右手に白いバラを二輪持っており、バラは伝統的に愛と美、そして純粋さの象徴とされています。浴槽の上には白鳥の形をした蛇口と貝殻の形をした石鹸置きが見えます。白鳥は優雅さや純粋さの象徴であるとともに、愛と美の女神アフロディーテ(ヴィーナス)と関連付けられたり、古典神話の「レダと白鳥」の物語を想起させ、絵画にエロティックな示唆を与えたりすることもあります。これらの家庭的なモチーフは、作品に複雑な意味合いを付与しています。

女性の表情は夢見るようであるか、あるいは物思いにふけっているように見え、心理的な内面性を強く示唆しています。傍らには読みかけの小説が置かれている可能性があり、これは女性が文字の世界と湯の世界、二つの「浸る」体験をしていることを示唆しています。ステヴァンスは、古くから芸術作品に登場する「入浴する女性」というモチーフに、近代的な家庭の親密さを吹き込み、変化する女性の役割を反映させています。

評価と影響

アルフレッド・ステヴァンスは、19世紀後半のヨーロッパで最も有名で成功した芸術家の一人でした。彼の作品はサロンで定期的に展示され、コレクターからも高い人気を得ていました。彼はレジオンドヌール勲章を受章し、展覧会で一等賞を獲得するなど、その功績が認められています。

ステヴァンスは写実主義の画家として位置づけられることが多いですが、印象派の多くの革新、特に筆致や日本の美術様式(ジャポニスム)の影響なども取り入れていました。彼はエドゥアール・マネやエドガー・ドガといった当時の主要な芸術家たちと交流があり、ベルト・モリゾなどの女性画家も支援しました。1900年には、存命中の芸術家としては異例となる回顧展がパリのエコール・デ・ボザールで開催され、その高い評価が示されました。《入浴》は、彼の得意とした女性の私的な世界を描く作品群の中でも、特に内面性を深く表現した重要な一点として、現在パリのオルセー美術館に所蔵されています。