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ピアノを弾く少女たち Young Girls at the Piano

ピエール=オーギュスト・ルノワール Pierre-Auguste Renoir

オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語より、ピエール=オーギュスト・ルノワールの油彩画「ピアノを弾く少女たち」をご紹介します。


作品名:ピアノを弾く少女たち

アーティスト名:ピエール=オーギュスト・ルノワール 制作年:1892年 技法・素材:油彩、カンヴァス

制作背景と意図

本作品「ピアノを弾く少女たち」は、1892年にフランス政府からの依頼を受けて制作されました。当時、美術総監アンリ・ルージョンは、詩人ステファヌ・マラルメや評論家ロジェ・マルクスの強い推薦を受け、国立現代美術館であるリュクサンブール美術館(現在のオルセー美術館)への買い上げを前提に、ルノワールに制作を依頼しました。ルノワールは、この主題を非常に気に入り、ほぼ同じ構図で色合いやポーズに微妙な違いを持たせた5枚から6枚のバージョンを制作し、その中から現在のオルセー美術館所蔵の作品が選ばれました。 この国家による買い上げは、ルノワールにとって、また印象派全体にとっても初めてのことであり、これにより彼の巨匠としての地位が確立されました。 1890年代のフランスでは、中流家庭でのピアノ学習が盛んであり、ピアノのある室内風景は、国民的家庭の理想像や幸福の象徴と見なされていました。この主題は、鑑賞者を喜ばせる作品を作ろうとしていたルノワールの晩年の意図とも合致し、彼が1890年に結婚した際に妻にピアノを贈ったという背景も、このテーマへの深い関心を示唆しています。 ルノワールが複数の作品を制作した背景には、友人モネが同時期に取り組んでいた連作、例えば「積み藁」や「ルーアン大聖堂」シリーズの影響があった可能性も指摘されています。

技法と素材

本作品は油彩によりカンヴァスに描かれています。この時期のルノワールは、印象派の様式から離れつつも、その表現を完全に手放すことなく、安定した独自の様式を確立していました。 彼は赤やオレンジといった暖色を基調としつつも、彩度を抑え、明度を高めることで、画面全体に柔らかい光と空気感を生み出しています。 少女たちの肌は、単一の色ではなく、桃色、黄色、薄緑の色彩が重ねられ、透明感のある生命力が表現されています。 ルノワールは、背景の具体的なモチーフの描写を控えめにし、色の揺らめきによって人物を際立たせる、ラフなタッチを用いています。 また、女性の肌や衣服、背景の要素を明確に描写し、立体感や存在感を強調しています。 輪郭線は穏やかながらもはっきりとしており、人物の物質的な実体感が際立ち、この頃のルノワールが「線」の表現に注力していたことがうかがえます。 さらに、パレット上で絵具を混ぜ合わせるのではなく、筆致を分割して色を並置することで、鑑賞者の視覚によって色彩を混色させる「筆致分割」という印象派の特徴的な技法も用いられています。少女のブロンドの髪には、黄土色や茶色の中に赤や緑が含まれるなど、この技法が確認できます。

作品の意味と解釈

「ピアノを弾く少女たち」は、ピアノに向かう二人の少女の穏やかで幸福な瞬間を描いています。 画面全体からは、暖かく、甘く、誘い込むような雰囲気が漂い、まるで音符が舞い、色彩が音色へと変わるかのようです。 実際に音が鳴っていなくとも、少女たちの屈託のない会話や笑い声、あるいはこれから奏でられるであろうメロディが、部屋を満たしているかのように感じられます。 この作品は、現実の生活描写に深く根ざしながらも、普遍的な美しさや幸福のイメージを追求したルノワールの試みを示しています。 詩人マラルメは、この作品を「成熟期のもっとも自由で、いかにもじっくりと落ち着きのある作品」と評しました。 室内で楽器を演奏する少女たちの姿は、穏やかで優雅なブルジョワ家庭の理想的な情景を象徴し、まさに「永遠なる幸福の瞬間」を切り取った作品と言えるでしょう。

評価と影響

本作品は、1892年の国家買い上げによって、ルノワールを印象派の異端児から国家公認の巨匠へと押し上げ、彼の名声を確固たるものにしました。 その優しい雰囲気と豊かな色彩は高く評価され、ルノワールの代表作の一つとして広く認識されています。 「ピアノを弾く少女たち」は、ルノワールの独自の表現技法と美意識を示す重要な作品であり、後世の多くの芸術家にも影響を与えました。 彼の作品は、印象派の枠を超え、20世紀のモダン・アートとは異なる形で純粋性や普遍性を追求した例として、美術史においても重要な位置を占めています。 現在、このオルセー美術館所蔵のバージョンに加え、メトロポリタン美術館やオランジュリー美術館にも異なるバージョンが所蔵されており、この主題の重要性がうかがえます。 日本でも過去の展覧会で複数回紹介されており、その美しさと魅力は現代に至るまで多くの人々に愛され続けています。