エドガー・ドガ Edgar Degas
オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語
エドガー・ドガ《マネとマネ夫人像》
本作品は、1868年から1869年にかけてエドガー・ドガによって油彩で描かれた、キャンヴァス作品です。ドガは親友であった画家エドゥアール・マネとその夫人、シュザンヌ・マネの肖像を描き、マネ夫妻に贈りました。
制作背景と経緯 ドガとマネは1862年頃にルーヴル美術館で出会い、深い友情と切磋琢磨する関係を築いていました。互いに作品を贈り合うこともあり、この《マネとマネ夫人像》もドガからマネへの贈り物として制作されました。 作品には、ソファーに座ってくつろぐマネと、ピアノを弾いているとされる夫人シュザンヌの姿が描かれていました。しかし、マネはドガによる夫人の描写、特にその表情が気に入らなかったとされ、キャンヴァスの右側3分の1ほど、夫人の顔が描かれた部分を自ら切り取ってしまいました。 後日、マネの家を訪れたドガは、作品が切断されているのを見て激怒し、絵を持ち帰りました。この際、マネから贈られていた静物画《プラム》も返却したと伝えられています。ドガはこの切断された状態の絵を自身のアトリエに保管し続け、完全に修復することはありませんでした。現在見られるキャンヴァスの継ぎ足しは、ドガの死後、画商によって行われたものと推測されています。これは、作品の持つ劇的なエピソードを強調し、その価値を高める意図があった可能性が指摘されています。
技法と素材 本作品は、キャンヴァスに油彩で描かれています。サイズは縦65.0cm、横71.0cmです。ドガは印象派の画家の一人に数えられますが、戸外の風景を描く他の印象派画家とは異なり、アトリエでの制作を好み、都市の近代的な生活や人物の心理描写に焦点を当てた作品を多く残しました。その技法は、鋭い人間観察に基づく、対象の現実をありのままに捉えることに特徴があります。
作品の意味 この作品は、画家たちの個人的な交流と、その間に存在した複雑な心理を色濃く反映しています。マネが夫人の描写を気に入らなかった理由については諸説あり、ドガの写実的で理想化しない描写が、当時のマネ夫妻の関係性やマネ自身の恋愛関係を暗示していると受け取られた可能性も指摘されています。マネが自身の不愉快そうな姿を残したまま、夫人の顔を切り取ったという行動も、当時の彼の心理状態を表していると解釈できます。 また、本作品が展示される「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」展では、「室内」というテーマを通して、印象派画家たちが戸外だけでなく、室内の空間やそこで繰り広げられる人間模様、心理的な側面をどのように表現したかを探る一環として紹介されています。
評価と影響 本作品の「切断事件」は、美術史における有名なエピソードとして語り継がれており、作品自体の興味深さを高めています。ドガとマネという二人の巨匠の、単なる友情に留まらない、競争心や嫉妬、そして深い尊敬が混在した関係性を示す貴重な証左として、その芸術的意義と共に高く評価されています。 この作品は、現在、北九州市立美術館に所蔵されています。展示を通じて、観る者は単なる絵画鑑賞に留まらず、画家たちの人間ドラマや、印象派が探求した「室内」というテーマの奥深さに触れることができます。