エドガー・ドガ Edgar Degas
オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語
エドガー・ドガの作品《ロレンソ・パガンスとオーギュスト・ド・ガ》は、1871年から1872年にかけて油彩でカンヴァスに描かれた二人の男性の肖像画です。この作品は、高さ54.5センチメートル、幅39.5センチメートルの大きさで、現在パリのオルセー美術館に所蔵されています。
制作背景と意図
本作は、ドガが1860年代後半から手掛けていた音楽家たちの肖像画シリーズの一つとして制作されました。 画面中央でギターを演奏しているのは、当時パリで活躍したスペイン人テノール歌手のロレンソ・パガンスです。 そして、その背後に座り、じっと音楽に耳を傾けているのが、画家の父オーギュスト・ド・ガです。
ドガの父オーギュストは銀行家でありながら、イタリア音楽を深く愛し、自らもアマチュア音楽家として活動していました。 彼はしばしばパリの自宅アパートで音楽の夕べを主催し、パガンスもそこに招かれる常連でした。 若い頃には芸術家としての道を志す息子ドガと衝突することもあったものの、二人は音楽への情熱を共有しており、ドガもオペラ鑑賞を好んでいました。 この作品は、父が音楽に没頭する姿を描くことで、ドガと父の間にあった共通の愛情を表現したとも解釈できます。
技法と素材
この作品は油彩でカンヴァスに描かれています。 ドガは、人物の顔、手、そしてギターといった主要な要素を精密な描写で表現する一方で、背景の室内はより流動的で簡潔な筆致で描いています。 木の床は、光沢のある茶色や灰色の水平な筆致で大まかに描写されており、全体の構成に即興的かつ偶発的な効果を与えています。 色彩は比較的抑制されており、黄褐色、茶色、灰色、白といった限られた色調が画面全体に調和をもたらしています。 これは、ドガが印象派の画家でありながらも、戸外での自然光の表現よりもデッサンと古典的な手法を重視し、室内での制作に重きを置いていた彼の特徴を示しています。
作品が持つ意味
本作は、室内で繰り広げられる音楽の瞬間を捉えた二重肖像画です。 前景のパガンスは正面を向き、ギターを抱え、半開きの唇からは歌声が聞こえてくるかのようです。 彼のダークスーツと対照的に、ギターの明るい木の色が際立っています。 その後ろにいるドガの父オーギュストは、やや前傾姿勢で手を組み、深い集中をもってパガンスの演奏に聴き入っています。 彼の開かれた目は何かを凝視しているわけではありませんが、その表情は熱心な傾聴を表しており、この二重肖像画では歌手が主要な役割を担い、父はそれを支える脇役として描かれています。
画面の光は不明な光源から差し込み、ギターや二人の人物の額、頬、手にハイライトを生み出しています。 構図はギターの垂直線によって大胆に分割され、パガンスの横顔がシルエットのように浮かび上がり、オーギュストの頭は開かれた楽譜を背景に配置されることで、コントラストが深められています。 二人の人物の体は互いに向かい合っておらず、どちらも室内を向いていることから、画面外の右側に他の人物が存在する可能性も示唆されています。
評価と影響
《ロレンソ・パガンスとオーギュスト・ド・ガ》は、ドガが特定の瞬間の雰囲気と人物の心理を捉える優れた能力を示した作品として評価されています。 ドガは、バレリーナや競馬、都市の生活といった現代的な主題を扱いながらも、デッサンや古典的な技法に根差した制作姿勢から「現代生活の古典画家」と称されました。 この作品は、彼の音楽家に対する深い関心と、室内という設定で人物の内面を巧みに描き出す技術の高さを明確に示しています。 オルセー美術館のコレクションとして、ドガの多様な表現の一端を伝える重要な作品となっています。