メアリー・カサット Mary Cassatt
オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語
メアリー・カサット《モレル・ダルルー伯爵夫人と息子》
本作品は、アメリカ出身の印象派画家メアリー・カサットが1906年頃に制作したパステル画です。カンヴァスにパステルで描かれており、カサットの円熟期の技法と主題が凝縮された一点として知られています。
制作背景と意図 メアリー・カサットは、アメリカで生まれ、主にパリで活動した女性画家であり、エドガー・ドガの知遇を得て印象派運動に参加しました。彼女は特に「母子の絆を描いた画家」として知られ、1900年以降の作品では母子像を主要なテーマとしました。本作品のモデルとなっているモレル・ダルルー伯爵夫人はカサットの友人で、この作品は彼女の息子が2歳であった時に描かれました。友人という個人的な関係性の中で、母親としての伯爵夫人とその幼い息子の親密な関係性が捉えられています。
1906年頃は、カサットの兄が亡くなるなど個人的な出来事がありましたが、彼女は制作を続け、この時期の作品には以前よりも感情的な側面が見られるとされています。彼女の母子像は、単なる肖像画に留まらず、家庭における女性の役割や母性の尊さ、日常の温かい瞬間を普遍的なテーマとして表現する意図がありました。
技法と素材 本作は「パステル/カンヴァス」という技法で制作されています。カサットはドガからパステル技法を学び、その才能を瞬く間に開花させました。1889年には批評家から「パステルはメアリー・カサットの特定のジャンル」と評されるほど、この画材を自在に操りました。
パステルは、その実行の速さ、豊富な既成色、そしてデッサン的な表現と絵画的な表現の両方に対応できる柔軟性を持つ点で、印象派の目指した自発性や光の表現に適していました。 カサットはパステルの特徴を最大限に生かし、明るい色調と柔らかく滑らかな肌の表現において、同時代のパステル画の名手であるドガやルノワールと肩を並べる評価を得ています。 乾燥した状態の顔料であるパステルを用いることで、光の輝く効果や、ニスを塗らないマットな表面が、作品に独特の魅力を与えています。 また、円熟期には堅固な構成と力強い形態を作り上げる独自の画風を確立しました。
作品の持つ意味 この作品は、貴族の女性である伯爵夫人が、社会的な肩書きを持つ前に一人の「母」としての姿を描き出しています。 カサットは、当時のブルジョワジーの女性たちの私的な空間、特に母子の日常に焦点を当てることで、女性の日常生活に潜む普遍的な感情や人間関係の機微を捉えようとしました。作品全体から感じられる穏やかで親密な雰囲気は、母子の間に流れる愛情や信頼を静かに物語っています。カサットが描く母子像は、鑑賞者に親近感や共感を抱かせ、母性や日常の尊さを力強く提示しています。
評価と影響 メアリー・カサットは、印象派の中でも特に人物画、とりわけ女性や子どもを主題とした作品で高い評価を得ました。彼女の作品は、その生きた描写と感情的な深みによって、一般庶民と批評家の双方から人気を集めました。
カサットはドガをはじめとする印象派の画家たちと交流し、互いに影響を受け合いました。また、日本の浮世絵版画からもインスピレーションを受け、平面的で大胆な構図を取り入れるなど、革新的な表現を追求しました。 《モレル・ダルルー伯爵夫人と息子》は、彼女が確立した独自の母子像のスタイルと、パステル技法の巧みな使用を示す代表的な作品の一つとして、その芸術的価値が認められています。彼女の作品は、近代女性の生活や内面を描き出したものとして、美術史において重要な位置を占めています。