フェルディナン・アンベール Ferdinand Humbert
オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語に展示されている、フェルディナン・アンベールの作品『グールゴー男爵夫人と息子』についてご紹介します。
フェルディナン・アンベールが1889年に油彩でカンヴァスに描いた『グールゴー男爵夫人と息子』は、オルセー美術館に所蔵されており、今回の展示会「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」では「家族の肖像」のセクションで紹介されています。この作品は、19世紀末のパリにおける上流階級の家庭生活と肖像画のあり方を象徴するものです。
画家フェルディナン・アンベール(1842-1934)はフランスの画家で、パリのエコール・デ・ボザールでフランソワ=エドゥアール・ピコ、アレクサンドル・カバネル、ウジェーヌ・フロマンタンに学びました。彼はアカデミスムに属し、宗教画、神話画、風俗画、そして特に肖像画を専門としました。サロンには1865年から1931年まで定期的に出品し、多くのメダルを獲得しています。また、自身の美術学校アカデミー・アンベールを設立し、ジョルジュ・ブラックやマリー・ローランサンといった後の著名な画家たちもここで学びました。アンベールは、社交界の肖像画の巨匠としてパリジャンに広く知られていました。
本作品のモデルであるグールゴー男爵夫人、エヴァ・ゲバートはニューヨークの銀行家の家系に生まれ、ナポレオン・グールゴー男爵と結婚後、パリの社交界の中心人物となりました。 彼女は後にマリー・ローランサンの肖像画のモデルとしても知られ、その肖像画は社交界で大きな話題となりました。 このことから、アンベールの作品もまた、当時の上流階級の人物を、その社会的地位や家庭環境と共に描き出すことを意図していたと考えられます。
『グールゴー男爵夫人と息子』は、アンベールが肖像画家としてその手腕を発揮した一例であり、当時の上流階級の家庭が持つ親密な雰囲気や、そこに漂う「ふとした瞬間」を描き出しています。 作品に描かれた衣服や室内の描写の精緻さは、モデルの社会的ステータスや当時の流行を伝えるだけでなく、美術史においてアカデミスムの伝統が根強く存在していたことを示しています。 この作品は、いわゆる「印象派」の範疇には入りませんが、今回の展示会のテーマである「室内をめぐる物語」において、印象派の作品群とは異なる視点から、19世紀の室内空間とそこに息づく人々の生活を考察する上で重要な位置を占めています。彼の緻密な描写は、当時の物質文化を写し取り、写実的な表現が持つ豊かさを現代に伝えています。