アルベール・ベナール Albert Besnard
アルベール・ベナールが1890年に制作した油彩画「ある家族」は、カンヴァスに描かれた、画家の私的な世界を垣間見せる作品です。この作品は、オルセー美術館所蔵「印象派―室内をめぐる物語」展で展示されており、印象派の画家たちが室内空間や家族の情景をどのように捉え、表現したかを示す重要な一例として紹介されています。
アルベール・ベナールは、フランスのアカデミズム絵画に学びながらも、イギリス滞在中にラファエル前派の影響を受け、やがて象徴主義へと傾倒した画家です。彼の作品は、官能的な肖像画で人気を博し、アール・ヌーヴォー様式の装飾画も手がけるなど、幅広い活躍を見せました。 「ある家族」は、画家自身の家族を描いた集団肖像画であり、当時の「近代家族」の姿を映し出しています。19世紀後半の肖像画は、モデルの社会的地位を示すだけでなく、家族間の親愛の情や心理的なドラマを描き出す表現手段としても重要視されていました。ベナールは、この作品を通じて、家族への深い愛情と、絵に描いたような幸福な家族の姿を表現しようと意図したと考えられます。
本作は油彩でカンヴァスに描かれています。ベナールの技法の特徴として、非現実的な光の表現が挙げられます。画面の大部分は明るく、ほとんど陰影がない一方で、長男の顔には明確な陰影がつけられています。この光の対比は、子供たちの天真爛漫さの寓意的な表現である可能性や、画面手前のサッシが「視覚的境界の強調(threshold)」という技法的意図を持っている可能性が指摘されています。ベナールの後期の作品では、印象派の色調がより濃くなり、アール・ヌーヴォーのアラベスク様式が取り入れられていることも特筆されます。
この作品は、幸福な家族の情景を描き、画家の家族に対する愛情が込められているとされています。印象派の時代において、室内画は単なる記録ではなく、家族間の愛情や確執、人間的な喜怒哀楽といった、より内面的な要素を表現する場となりました。ベナールの「ある家族」は、穏やかで親密な家庭の雰囲気を捉え、当時の「近代家族」における心理的な絆や相互作用を描き出すことで、この時代の家族観を象徴する作品の一つとなっています。
「ある家族」は、オルセー美術館のコレクションとして、また「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」展の中心的な作品の一つとして展示されており、その美術史的価値が認められています。特に、同展で展示されるエドガー・ドガの「家族の肖像(ベレッリ家)」が家族の不和を描いているとされるのに対し、ベナールの作品は対照的に「幸福な家族の姿」を提示しており、当時の家族肖像画における多様な表現を示すものとして評価されています。この作品を通じて、観者は印象派が屋外風景だけでなく、室内の親密な空間や人間の心理にも深く関心を寄せていたことを再認識することができます。