アンリ・ファンタン=ラトゥール Henri Fantin-Latour
オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語に出品されるアンリ・ファンタン=ラトゥールの『デュブール家の肖像』は、画家の妻の家族を描いた集団肖像画です。
アンリ・ファンタン=ラトゥール(1836-1904)は、フランスの画家、版画家であり、特に花の静物画や同時代の芸術家たちのグループ肖像画で知られています。彼は印象派の画家たちと親交がありながらも、写実主義の堅実なスタイルを貫いた画家として評価されていました。
本作『デュブール家の肖像』は、ファンタン=ラトゥールが1876年に結婚した妻、ヴィクトリア・デュブールとその家族、すなわち義父、義母、義妹のシャルロット・デュブールを描いたものです。1878年のサロンに出品されたこの作品は、画家の結婚から2年後に、妻の実家があったノルマンディー地方オルヌ県ビュレで制作されました。
作品に描かれている人物全員が黒い衣服を身につけていることから、この絵はデュブール家の喪失、具体的には1878年3月28日に亡くなった義父フィリップ・ビアンヴニュの喪服姿であると推察されています。最初のデッサンが万聖節である11月1日頃に行われたことも、この解釈を裏付けています。
この作品は油彩/カンヴァスで描かれています。ファンタン=ラトゥールは、抑制された色彩と堅牢な画面展開、厳格な空間構成を特徴とする写実的な様式で知られています。彼は伝統を重んじつつも19世紀絵画特有の新鮮さを兼ね備えた作風を持ち、印象派が隆盛する以前は高く評価されていました。
本作では、古典に倣う正確な写実的描写によって人物の内面が表現されています。画面全体に落ち着いた洗練された色彩が用いられ、特に全員が身につける黒い衣服は、平坦でありながらも、布地の質感や凹凸が巧みに描き分けられています。劇的な陰影の表現(バロック的なドラマ性)を避け、抑制の効いた光を用いることで、登場人物の心理的な均衡を保つ手法が見られます。彼のこのような写実表現は、17世紀のオランダ絵画や18世紀のフランスの画家ジャン=バティスト・シメオン・シャルダンの影響を受けているとされています。
『デュブール家の肖像』は、家族という私的な関係性を深く掘り下げた作品です。喪服をまとった家族の姿と、互いに視線を交わさない彼らの表情は、一見すると沈んだ雰囲気や寂寥感を漂わせています。しかし、この抑制された描写の中に、画家は各人物の個性や内面、そして家族全体が共有する感情の機微を表現していると言えます。
ファンタン=ラトゥールが描く室内画は、当時の女性が活動する領域とされていた家庭内の情景や、親密な人間関係を主題とすることが多く、本作もその文脈に位置づけられます。この絵は、個々の存在感と、ある種の静謐な緊張感を、暗い色調と素材感の描写を通じて作り出す画家の手腕を示すものとなっています。
ファンタン=ラトゥールは、印象派の画家たちとは異なる独自の路線を歩みながらも、サロンで成功を収めました。彼の作品は、その静かな雰囲気、光の扱い方、そして人物のまなざしによって鑑賞者の心をとらえてきました。
発表当時、儀礼的な肖像画に慣れていた批評家からは、細部の描写が顔の主要な関心を上回っているとの意見もありましたが、現代においては、暗いトーンの中での布地の質感表現や、劇的ではない抑制された光による心理描写の巧みさが再評価されています。本作は、オルセー美術館の主要なコレクションの一つとして収蔵されており、ファンタン=ラトゥールの肖像画家としての重要な側面を示す作品として、現在も多くの人々に鑑賞されています。