エドガー・ドガ Edgar Degas
この度開催されます「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」展では、印象派の巨匠エドガー・ドガによる初期の傑作《家族の肖像(ベレッリ家)》が展示されます。この作品は、1858年から1869年にかけて制作された油彩画であり、カンヴァスに描かれた200×253cmの大型作品です。現在、パリのオルセー美術館に所蔵されています。
本作は、ドガが20代半ばにあたる1856年から1859年にかけ、イタリアのフィレンツェに滞在していた時期に構想されました。彼はこの地で父方の叔母であるラウラ・ベレッリの家に身を寄せ、その家族をモデルとしています。絵に描かれているのは、叔母ラウラ、その夫ジェンナーロ・ベレッリ、そして二人の娘ジョヴァンナとジュリアです。ドガはフィレンツェ滞在中にデッサンを重ね、その後パリに戻ってから約10年の歳月をかけてこの大作を完成させました。制作期間が長期にわたったのは、彼がモデルの性格を最もよく表現できるポーズを模索したためと言われています。
当時の19世紀フランス絵画において、家族の肖像画は幸福や理想化された家庭像を描くことが主流でした。しかし、ドガは「同じ空間にいながら、心は別々の場所にいる人々」の姿を描き出すことを意図しています。彼は家族間の表面的な理想化を排し、そこにある緊張感や感情的な隔たりをありのままに捉えようとしました。
本作は油彩でカンヴァスに描かれています。 その大きさは約200cm×250cmであり、集団肖像画として非常に存在感があります。 ドガは鋭敏な観察眼を用い、人物だけでなく室内の細部に至るまで丹念に描写しました。絨毯や壁紙、マントルピースの上に置かれた時計や燭台といった調度品は、ベレッリ家が当時の上流階級に属していたことを示唆しています。 また、構図においても工夫が見られ、ファン・ダイクやボッティチェリといった巨匠、ベラスケスの《ラス・メニーナス》やゴヤの《カルロス4世の家族》など、多くの歴史的な絵画モデルから影響を受けているとされています。
画面左には叔母ラウラが、長女ジョヴァンナと共に鑑賞者と対峙するように立っています。ラウラは、亡くなった自身の父(ドガの祖父)を悼む喪服に身を包み、遠くを漠然と見つめるような無表情で描かれています。 彼女の背後には、亡き父の素描的な肖像画が飾られています。 当時ラウラは夫であるジェンナーロとの不和に苦しみ、孤独を感じていたとされており、その精神状態が画面にも反映されていると考えられます。
一方、ナポリ貴族であり政治的な理由で亡命中であった夫ジェンナーロ・ベレッリは、黒い椅子に座り、家族に背を向けるかのような姿で描かれています。 この背を向けた姿勢や、他の家族との間に示された空間的な隔たりは、夫婦間の、ひいては家族間の愛情的な隔たりや不和を象徴していると解釈されています。 中央に座る次女ジュリアは父親の方を向いていますが、家族の視線は交わることがなく、それぞれの人物が孤独に閉じこもっているかのように見えます。 このように、本作は家族という親密な関係性の奥に潜む沈黙、すれ違い、埋まらない心の距離を写し取った作品と言えます。
《家族の肖像(ベレッリ家)》は、若き日のドガの卓越した才能と、対象に対する鋭い観察眼を示す重要な初期作品として高く評価されています。 彼は、印象派の画家でありながらも屋外の風景よりも室内における人物の描写に注力し、日常生活の複雑さや「一瞬」の感情を捉えることに長けていました。 従来の理想化された家族像とは異なる、家族内の不協和音や見えない心の距離を表現したその革新性は、当時の美術界において確信的であり、後世の絵画表現に大きな影響を与えたとされています。
本作はオルセー美術館を代表する名画の一つであり、この度「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」展において約10年ぶりに大規模来日を果たし、日本で初めて展示される機会となります。 このことは、ドガの芸術的アプローチや人間観察力を深く理解する上で貴重な機会となるでしょう。