クロード・モネ Claude Monet
このたび開催される「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」展では、印象派の巨匠クロード・モネが1868年に制作した《ルイ・ジョアシャン・ゴーディベール夫人》が展示されます。この作品は、モネが印象派の確立以前に描いた数少ない人物画の中でも特に重要な位置を占める等身大の肖像画です。
本作が描かれた1868年頃、モネは深刻な経済的苦境にありました。最初の妻となるカミーユとの関係を父親に反対され、経済的支援を打ち切られていたのです。絵画の売れ行きも芳しくなく、時には滞在先を追い出されるほど困窮し、自殺未遂を図る寸前にまで追い詰められていました。このような苦しい状況の中、モネが育ったル・アーヴルの裕福な船主であったルイ・ジョアシャン・ゴーディベール夫妻が彼の支援者となります。ゴーディベールはモネに3点の肖像画、すなわちゴーディベール自身の肖像画2点と妻マルグリットの肖像画1点を依頼しました。この依頼は、夫妻がモネの他の作品を購入したことと合わせ、画家の経済的困難を乗り切る上で大きな助けとなり、モネが絶望的な状況から絵画制作を再開するきっかけを与えました。 この時期のゴーディベール夫妻の支援がなければ、後の印象派の巨匠としてのモネは誕生しなかったかもしれません。
本作品は、1868年に油彩でカンヴァスに描かれました。等身大のサイズ(216.5 x 138.5 cmまたは138 x 217 cm)で、モネが人物画に注いだ力の大きさを物語っています。 この絵は印象派誕生前夜の作品であり、全体的には写実的な画風を保っています。しかし、夫人の衣装やその背後のカーテンに注ぐ光の反射を捉えた明るい色彩と筆致は、後の印象派絵画に繋がる要素をすでに予感させています。 モネは、抑制された青灰色の背景の前に優雅に立つゴーディベール夫人を巧みに捉えています。 彼女が身につける裾の長いドレスの布地(特にサテンの光沢)や、肩から流れ落ちる鮮やかな赤いショールの質感と複雑な模様、背後のテーブルに置かれたレース、そして絨毯の文様まで、細部まで丁寧に描写されています。 顔の描写に限定されず、身に纏うものや周囲の調度品に視線が引きつけられる構成は、光と色彩、そして物の質感を追求するモネの関心の萌芽を示唆しています。
《ルイ・ジョアシャン・ゴーディベール夫人》は単なる肖像画に留まらず、モネの芸術家としての発展を示す証でもあります。 この作品は、モネが後に風景画に重点を置くようになる前、伝統的な肖像画のジャンルにおいても優れた技量を持っていたことを示しています。 夫人の優雅な姿勢は当時の理想的な人物像を体現しており、洗練されたドレスや室内の描写は19世紀フランス社会の優雅さや、モデルの社会的地位、趣味の良さを伝える役割も果たしています。 顔そのものよりも、光を受けて変化する衣装の質感や色彩に注がれた画家の関心は、後に彼が追求する「印象」の表現への一歩とも解釈できます。
この作品は、モネの初期の人物画における傑作の一つとされています。 等身大の肖像画という難しい依頼を、その力量と優美さをもって成し遂げたことは、モネの多才な能力を示すものとして評価されています。 現在はパリのオルセー美術館に所蔵されており、同館の重要なコレクションの一つです。本作品が展示される「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」展は、印象派が戸外の風景だけでなく、室内空間や人物の描写にも深く関心を寄せていたという新たな視点を提供し、印象派に対する多様な理解を促します。