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エミール・ゾラ Émile Zola

エドゥアール・マネ Édouard Manet

オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語

エドゥアール・マネ作 『エミール・ゾラ』

本展でご紹介するエドゥアール・マネの『エミール・ゾラ』は、1868年に制作された油彩作品であり、現在パリのオルセー美術館に所蔵されています。この作品は、マネの代表的な肖像画の一つとして知られています。

制作背景と意図

本作品は、マネと、彼を擁護した小説家・美術批評家エミール・ゾラの深い友情と、画家自身の芸術的信念が交錯する中で生まれました。マネは1866年、画家のAntoine Guillemet(アントワーヌ・ギュメ)の紹介でゾラと出会いました。当時、マネは『草上の昼食』や『オランピア』といった革新的な作品で激しい批判にさらされていましたが、ゾラはそうしたマネの芸術を熱心に支持し、1866年から1867年にかけて美術雑誌「エヴェヌマン」に擁護的な評論を発表しました。マネは、この揺るぎない支持に対する感謝と賞賛の証として、ゾラの肖像画を描くことを決めました。

この肖像画は、単にゾラ個人を描くにとどまらず、マネ自身の芸術的関心や思想を表現する場ともなっています。現在では、ゾラの肖像画としてよりも、マネ自身の興味(スペイン絵画や日本趣味など)を中心に構成された「人物のいる静物画」としての側面が強いと解釈されています。作品は1868年のサロンに出品されました。

技法と素材

本作品は1868年に油彩でカンヴァスに描かれ、サイズは縦146.5cm、横114cmです。マネは印象派の先駆者として、伝統的な陰影や遠近法にとらわれない独自の技法を追求しました。彼の作品は、筆跡を感じさせる流動的な線と、自由で個性的な色彩の使用が特徴です。特に、従来のヨーロッパ絵画では色彩として認識されにくかった黒を、絵画の中に積極的に取り入れたことは、マネの革新性を示す点として挙げられます。

批評家からは、人物と物体を区別せず同等に描くマネの姿勢が指摘され、それが人物描写の「生命感の欠如」として批判されることもありました。しかし、この「物と人を等しく扱う」描写法こそが、マネが追求した「光と影の真実、物と生物の現実」を力強く伝える手法であったと解釈されています。また、当時のパリで流行していた日本の浮世絵や版画から、太く明確な輪郭線や平面的な表現の影響を受け、それを自身の絵画に取り入れています。

作品の意味

『エミール・ゾラ』は、描かれた多くの要素を通じて、マネの芸術的関心と信念を象徴的に示しています。

画面中央に座るゾラの机上には、マネに関する冊子「MANET」が置かれ、ゾラが手にしているのは、マネがしばしば参考にしていたとされるシャルル・ブランの『全画派の画家たちの歴史』である可能性が指摘されています。これは、ゾラがマネの芸術を理論的に擁護したことを示唆しています。

ゾラの背後の壁には、マネが影響を受け、深く関心を寄せていた様々な芸術作品が飾られています。右側には、マネが賞賛したスペインの巨匠ディエゴ・ベラスケスの『バッコスの勝利(酔っ払いたち)』のエッチングが、その隣には、マネ自身のスキャンダラスな代表作『オランピア』の版画が配されています。これらは、マネが伝統的な巨匠たちから学びつつも、自身の現代的な主題と表現で新しい芸術を創造しようとした姿勢を表しています。

また、日本の芸術への深い関心を示すジャポニスムの要素も顕著です。壁には二代目歌川国明による多色刷りの浮世絵木版画『大鳴門灘右ヱ門』が飾られ、さらに左側には江戸時代の尾形光琳を思わせる琳派の屏風絵が描かれています。これらの東洋美術は、マネの平面的な空間構成や色彩感覚に影響を与えたとされています。

これらの配置されたアイテムは、ゾラがマネの芸術を理解し擁護した背景にある、マネの多様な芸術的ルーツと革新性を物語っています。

評価と影響

本作品は1868年のサロンに出品された際、一部の批評家から、ゾラの描写が「人間の性格の表現というよりも、むしろ静物画」のようであるとの意見も出されました。これは、マネが人物と物体を等しく描き、感情や物語性よりも視覚的な真実を追求した、近代的な絵画表現に対する当時の理解の難しさを示しています。

しかし、エミール・ゾラをはじめとする少数の批評家は、マネの描写方法や色彩の調和、斬新さを高く評価しました。マネのこうした革新的な表現は、伝統的な絵画の規範を打ち破り、後の印象派の画家たちに大きな影響を与え、近代絵画の発展に不可欠なものとなりました。特に、浮世絵に見られる平面性を取り入れた彼の表現は、当時の美術界に大きな衝撃を与え、ジャポニスムという現象を通じて、多くの画家たちの作品に影響を及ぼしました。

ゾラとマネの関係は、ゾラが1886年に発表した小説『制作』の中で、マネやセザンヌをモデルにしたとされる不遇の画家を描いたことで、一部の画家との間に亀裂を生じさせましたが、ゾラはその後もマネを「自然主義」の画家として高く評価し続けました。マネの『エミール・ゾラ』は、単なる肖像画を超え、近代美術の転換期における芸術家の信念と、それを支えた批評家の存在を象徴する重要な作品として、今日までその価値を伝え続けています。