清宮質文 / Seimiya Naobumi
開館50周年記念 モダンアートの街・新宿 清宮質文《深夜の蝋燭》
本稿では、「開館50周年記念 モダンアートの街・新宿」展に出品される清宮質文の木版画《深夜の蝋燭》について紹介します。この作品は1974年に制作され、現在は茨城県近代美術館の照沼コレクションに所蔵されています。
背景と制作意図 木版画家である清宮質文(せいみや なおぶみ、1917-1991年)は、東京美術学校(現・東京藝術大学)で油絵を学んだ後、美術教師や商業デザイン会社勤務を経て、1953年頃から本格的に版画制作に専念するようになりました。彼の作品は、静謐で詩的な心象世界を描き出すことで知られています。清宮自身が「外の限界を拡げることは不可能ですが、内面の世界を拡げることは無限に可能です」と語ったように、彼は自身の内なる世界を探求し、それを作品を通して表現することに重きを置いていました。中学生の頃にエドヴァルト・ムンクの版画に強い感銘を受けたことも、彼が版画の道に進む一因となりました。
技法と素材 《深夜の蝋燭》は木版・紙という素材で、多色摺りの技法が用いられています。清宮は、従来の油性インクではなく透明水彩絵具を使用し、何度も薄く色を重ねて摺ることで、水彩画やパステル画のような繊細で透明感のあるグラデーションを生み出すことに成功しました。彼の制作プロセスは非常に禁欲的であったと評され、一つの作品を仕上げるために繰り返し摺りを行うことで、複雑な色調を実現しました。また、彼は版による複製性よりも、彫りによって生まれる線や摺りによる色の重なりといった、版画ならではの表現の可能性を追求しました。そのため、同じ版を用いた作品でも摺りの違いによって多様な表情を見せることがあり、一枚あるいは数枚しか摺られなかった作品も少なくありません。木版画特有の木目は、彼の作品においてはあまり視認できないよう工夫されています。
作品が持つ意味 《深夜の蝋燭》は、そのタイトルが示す通り、暗闇の中に一本の蝋燭が静かに灯る情景を描いています。画面には溶けた蝋の雫が一滴垂れている様子が捉えられており、静寂の中に時間の流れや、はかなさが感じられます。清宮の作品全体に共通する「深く澄んだ世界」への希求は、この作品においても、内省的で瞑想的な雰囲気を醸し出しています。蝋燭の光は、暗闇の中で一点の希望や精神的な灯火を象徴し、鑑賞者の心に静かな対話を促します。彼は版画をもって詩を表現していると語っており、この作品もまた、言葉では表現しきれない複雑な感情や叙情性を喚起する「抒情の詩」として位置づけられます。
評価と影響 清宮質文の静謐で詩情あふれる画風は、美術界で高く評価され、今なお多くの人々を魅了し続けています。彼は版画という媒体を用いながらも、その表現の可能性を深く探求したことで、日本近代版画史において独自の地位を確立しました。2018年には、生誕100年を記念した大回顧展「生誕100年 清宮質文 あの夕日の彼方へ」が茨城県近代美術館で開催され、木版画、水彩、ガラス絵など191点の作品が紹介されました。《深夜の蝋燭》を含む彼の作品は、茨城県近代美術館の照沼コレクションをはじめ、多くの美術館に収蔵されており、その芸術的価値が広く認められています。本展での出品は、清宮質文の作品がモダンアートの潮流の中でいかに重要な位置を占めているかを示すものと言えるでしょう。