福島秀子 / Fukushima Hideko
このたび、開館50周年記念「モダンアートの街・新宿」展にて紹介される福島秀子(1927-1997)の油彩作品《Work》(1960年)は、日本の戦後美術史において重要な位置を占める抽象絵画です。この作品は、福島が確立した独自の表現技法と、彼女の芸術に対する探求的な姿勢を明確に示しています。
福島秀子は、1951年に結成された前衛芸術グループ「実験工房」の唯一の女性メンバーとして、絵画のみならず舞台美術や衣装、オートスライド作品など、多岐にわたる分野で活動しました。彼女の初期作品は1950年頃に制作された風刺的なシュルレアリスム風の具象画でしたが、1950年代半ば以降、大小の円が密集する完全に抽象的なスタイルへと移行しました。この変化の背景には、「描く」という行為、特に筆致に感情がこもってしまうことへの疑問がありました。福島は、感情を排した表現を追求し、ストロークを伴わずに円を画面に定着させる技法を模索しました。
《Work》は、油彩・カンヴァスという古典的な素材を用いながらも、福島独自の「スタンピング(型押し)」という技法によって制作されています。これは、空き缶や瓶の蓋、骨、スポンジ、家具の脚のゴムなど、身近な様々なものに絵の具や墨をつけ、それをキャンヴァスに直接押し付けることで形を転写する手法です。 この型押しによって、筆で「描く」こととは異なる、独特の時間性や偶発性が画面に現れます。 緻密に配置された円の集積は、機械的な行為から生まれる一方で、有機的な形態を構成し、作家の精神的葛藤をも内包しているかのような力強さを生み出しています。
福島がスタンピング技法、特に円形を多用したことには深い意味があります。彼女は円を完全なものとして描こうとするほど感情が入り込み、一気に描けば感情が出てしまうと考えました。 そこで、型を「押す」という行為を通じて、過剰な自己表現や偶然性を極力抑え、理性的な表現を追求しました。押された円は、線が持つ持続的な時間性とは異なり、写真のように断片的な瞬間を記録した存在として画面に現れます。 このようにして生み出された円の反復と集積は、静謐でありながらも内なる探求心を強く感じさせるものであり、鑑賞者に多様な解釈を促します。
福島秀子の抽象絵画、特に1950年代半ば以降の円をモチーフとした作品群は、フランスの美術評論家ミシェル・タピエをはじめ、国内外から高い評価を受けました。 彼女は1961年のパリ青年ビエンナーレへの出品を機に渡仏するなど、国際的な活動を展開し、日本の戦後抽象絵画の重要な担い手の一人として認識されました。 近年では、国内外において女性作家による抽象芸術の再評価が進む中で、福島の作品にも再び注目が集まっています。 2012年には東京都現代美術館で初の公立美術館での個展が開催され、その画業が改めて回顧されました。 板橋区立美術館も、1990年に開催された「東京アヴァンギャルドの森・1946-1956展」で彼女の作品を紹介するなど、その業績の再評価に努めています。 福島秀子の《Work》は、彼女の芸術的探求の成果であり、日本の抽象美術における独自の貢献を示す作品として、現代においてもその意義は色褪せることはありません。